その性格から、田中さんを一人前にしたい一心で、これまで田中さんを食わせてきた。美津代の店は経営が順調とは言えず、店の家賃も滞っているような状況だったという。それでも、いつか田中さんが仕事をし始めてくれれば……。ふたりはささやかながらも、静かに暮らしていける。美津代はただそれだけを願って、苦しい日々の中でも田中さんを励まし、支えてきた。それが、ようやく叶ったのだ。
ところが、酔いが回ったのもあってか、田中さんは元来の弱気な面を見せ始めたという。それを聞いた美津代は、田中さんをなだめ励ましていたものの、いつまでたってもぐちぐちと言う田中さんに対して次第に怒りがわいてきた。
やがてふたりは口論となり、騒ぎを聞きつけた近隣の住民が通報したことで警察が駆け付ける騒ぎへと発展してしまう。
そのときは警察官のとりなしでいったんはおさまった。
ふたりで飲み直していたが、結局話を蒸し返してしまったことで、さらに激しい口論になってしまった。
そして、田中さんの口から思いもよらない言葉が発せられた。
お前みたいなババァ
田中さんと美津代の間に、男女の関係があったかどうかはわからない。しかし、すくなくとも美津代は田中さんとの将来を考えていた。だからこそ、これまでの苦しい日々にも耐え、田中さんの尻を叩いてきたのは先にも述べたとおりだ。
田中さんはどうだったのか。
年上の居酒屋の女主人に生活の面倒を見てもらうというのは、まぁ、ありがちな話のような気もするが、そこはいわゆる女の漢気というか意地というか、色恋抜きでも成り立つケースもあるものの、田中さんはどうやら色恋をにおわせていた。そして美津代も、その年下の男の戯言を、心のどこかで信じていた。
にもかかわらず、不甲斐ないことばかり抜かす田中さんに、美津代はつい、詰め寄るような言い方をしてしまった。
「今まであんたが言ってきたことは、嘘だったんだね?」
それに対し、田中さんはこう言い放った。
「誰が、お前みたいな年寄りのババァと一緒になるわけないだろう」
わかっていた。同じ14歳年下と言っても、20歳と34歳とはわけが違う。私はもう、還暦を過ぎた「ババァ」だった。
