流産をきっかけに夫に不信を抱いた主婦。さらに口論の末、夫の胸に包丁を差してしまう……。ところが、彼女が夫にトドメを刺せなかった理由とは? 平成4年におきた事件の顛末を、事件サイト『事件備忘録』を運営する事件備忘録@中の人の新刊『好きだったあなた 殺すしかなかった私』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全4回の4回目/最初から読む)
最後通牒
その夜午後11時ごろ、寝入っている夫の足元に忍び寄ったアヤ子は、その足首に自分のストッキングを巻き付け、きつく縛り上げたうえ、ガムテープで固定。そして台所から文化包丁を持ち出すと、茶の間のちゃぶ台の下に隠した。
「あんた、本当のこと言ってよ」
寝ぼけまなこの夫は、足を縛られていることに気づき「こんなことしやがって! もういい、俺はあの女と結婚する!」と喚いた。
さらに、アヤ子への罵詈雑言をつらね、もうアヤ子とは夫婦でいられないと、そればかりを繰り返した。
腹を決めていたはずのアヤ子だったが、やはり面と向かって別れる、そう言われると胸にこみあげるものがあった。それでも引っ込みがつかなくなったアヤ子は隠していた包丁を持ち出すと、夫に突き付けた。
悪かった、許してくれ、お前とやり直す──嘘でもいい、そう言ってほしかった。
しかし夫は、「殺すなら殺せ!」と開き直った。
夫は、私とやり直すよりも死んだほうがマシだというのか──そうまで言うなら叶えよう──アヤ子は夫の胸に、その包丁を突き立てた。