こうしてウーロン茶のおもな輸入元が、台湾から対岸の福建へと変わり、帝国時代にさかんに宣伝されていた台湾ウーロン茶の歴史は忘れ去られた。

伊藤園社長の「大袈裟な宣伝文句」

日本でウーロン茶が本格的にブームになったきっかけは、1979年にフジテレビの音楽番組「夜のヒットスタジオ」で、国民的アイドル歌手のピンク・レディーなどが「鉄観音茶」を飲んでやせたと話したことであった。このときからウーロン茶は「やせる中国茶」として有名になった。

つまり、ウーロン茶の普及は、ダイエットによいと考えられたことから始まった。当時の伊藤園の社長は、中国の人々を「油ものの食事を大量に取っているのに、ほとんど肥満体がいない民族」と評し、その理由は「ウーロン茶を1日に30杯くらい、ガバガバ飲む」、「まるで水代わり」だからだと述べていた。このように、日本のウーロン茶の販売業者が、中国の実際の飲食習慣とはかけ離れたイメージを宣伝することもあった。

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しかし、ウーロン茶がコレステロールを下げる効果は、タンニンやサポニンによるもので、これらは緑茶にも同じくらい含まれている。そのため、緑茶もウーロン茶と同様に健康によいことが知られていった。

さらに農林水産省が、1988年にリーフティーのウーロン茶について、翌年にはウーロン茶飲料について、「ガイドライン」を示した。これらには罰則はなかったが、「やせる」や「健康によい」といった医薬品のような効能をうたった表現が禁止された。

脂っこくなった日本食にマッチした

それにもかかわらず、ウーロン茶は短いブームに終わらず定着した。その理由としては、1980年当時の日本人1人1日あたりの脂肪分の摂取量が、戦後から1955年頃までの時期と比べると、約2.7倍にも増えていたことがあった。ハンバーグやチャーハンなどの西洋・中華風の料理の割合が増え、油っこくなっていた日本の食事に、ウーロン茶のすっきりした味がよく合った。