揺らぐ「法の支配」を何としても守る 

 アメリカは「ICCは締約国でない国の国民を捜査・訴追できない」と主張するが、赤根さんはこの主張そのものが間違っていると断言する。

「ローマ規程では、締約国の領域内で起きた犯罪や、締約国でなくとも管轄権を受け入れると表明した国で起きた犯罪は、ICCの捜査対象となります。パレスチナは締約国ですし、ウクライナも管轄権を認めていました。ですから、そこで起きた犯罪については、国籍を問わず捜査対象となる。これは規程制定時にアメリカも加わって協議したことで、当然分かっているはずです」

 戦後の人類が長い年月をかけて築き上げてきた「法の支配」。その理念を体現するICCという制度が、今、危機に瀕している。

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「何十年もかけて積み上げてきたものが、こんなにも簡単に崩されてしまうのかという危機感を持っています。こういう時代だからこそ、ICCがあらゆる圧力に屈せず、頑固に、地道に、公正に手続きを進めていく。それによって、法の支配が力の支配に勝ることを示し続けることが重要です。圧力とともに、私たちを支えてくれる強いエールも世界中から感じています。それが支えです」

時代の目撃者としての声を残したかった

 本書の出版を決意した背景には、ICCが置かれた状況への強い危機感があった。

「第2次トランプ政権の成立が現実味を帯び、制裁の危険が増してきた中で、時代の目撃者としての声を残しておきたいと思いました。そして、ICCが世界にとってどれほど重要か、その存在がなぜ守られなければならないのかを、日本の多くの方に知っていただき、支持を得たいと思ったのです」

ICCの同僚たちと

 赤根さんを奮い立たせるのは、日本の人々が持つ遵法精神と、法の支配が当たり前のように根付いている社会への思いだ。

「その当たり前が、世界では当たり前ではない。この状況が続けば、最終的には日本の中の法の支配さえ崩れてしまうかもしれない。私にできる範囲で、日本の、そして世界のために力を尽くさねばならない。それが私の支えです」

 眠れない夜もある、と率直な胸の内を明かす。戦後80年を迎え、戦後国際秩序は大きな曲がり角に立たされている。本書は、その現実から目をそらさず、ともに考えることを私たちに強く促す一冊だ。

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