それからも数回、隣席から「ありました」報告があったのだが、そのたび、「こういう場所で口には出せないことだから、手紙に書いた」「要約とはいえ手紙を書いた相手以外の人(タイピングマン)に内容を見られるのが嫌」「そもそも、数ヶ月前に手紙に書いたことを人間は意外と覚えていない」という、非常に真っ当な意見を続々といただいた。サイン会が始まる前、男性社員から「これってすごく読者思いの行動ですよね、きっと皆さん喜ばれますね」等と言われ、「いや~そんなァ」とまんざらでもないリアクションをしていたのがバカみたいである。確かに、数ヶ月前に書いた手紙の内容、そもそも覚えてないよね~。最近読み返したから私の中でアッツアツになっただけだったよね~。ちなみにパソコンはバッテリー不足によりサイン会の途中でただの無機物の塊と化した。伴って、隣席の男性社員は、途中から本当にただ隣席で鎮座しているだけの存在に成り果てた。
そもそもやはり、読者思いの行動でも何でもないことに今回の失態の根本的な原因がある。結局は私の後ろめたさ解消、サイン会後に「前に手紙渡したけど初対面みたいな対応されたなァ」と思われたくないがための自己防衛、自分が良く思われたいだけの行動なのである。
自己愛、独りよがり。もういい加減地球初心者ではないはずなのに、未だにこのあたりの感情で行動し結果プロペラくらい空回ってしまう自分にはほとほと呆れている。でも本当に反省しているならこんなエッセイも書かないよね!? そういうところがあざといよね!? という自分が追いかけてきそうなところで、この章は締めさせていただきます。逃げろ逃げろ~!
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