テロと腐敗に紛糾する世界を描く『閃光のハサウェイ』
『閃光のハサウェイ』は、『ジークアクス』の世界線では生まれていないかもしれない男ハサウェイ・ノアを主人公とした物語だ。ハサウェイの父ブライト・ノアと母のミライ・ヤシマは『機動戦士ガンダム』の第1話から登場し、シャアがスペースコロニーを急襲した際に宇宙空母のホワイトベースに搭乗し出会い、ともに死線を越える中で恋仲となっていく。
『ジークアクス』においてはホワイトベースはシャアに鹵獲(ろかく)されているので、ブライトとヤシマは出会っていないかもしれない。
本作は『逆襲のシャア』のその後を描く作品だ。シャアやアムロ・レイは登場しないが、彼らの意思を受け継ぐ主人公としてハサウェイが描かれる。
少年時代、民間人でありながらモビルスーツを駆り、戦場を経験したハサウェイが青年となって、腐敗した地球連邦政府の高官を粛清しようと、反政府組織「マフティー」を立ち上げ戦う様が描かれる。
要するに、本作の主人公は、体制に敵対するテロリストだ。本作に限らず、「ガンダム」シリーズはしばしば反体制側のキャラクターを主人公とする場合があるが、現実世界同様に必ずしも体制側が正しいとは限らない複雑な世界を描けるのも「ガンダム」シリーズの魅力の一つだ。
物語は主人公のハサウェイと地球連邦軍のケネス・スレッグ大佐との奇妙な友情と、2人の間を揺れ動く少女ギギ・アンダルシアの3人を中心に展開し、血なまぐさい戦闘描写もふんだんに盛り込まれている。
『ジークアクス』の主人公マチュも、お尋ね者となるあたりはハサウェイとも重なる部分があるが、その行動動機も性格もかなり異なる。
一心に自由を希求し行動し続け、宇宙に飛び出していった結果としてお尋ね者になったマチュに対して、ハサウェイは連邦政府の腐敗に異を唱えるために戦っている。しかし、その心の奥底にある行動原理は、自らのトラウマによる部分も大きい。
ハサウェイのトラウマは、『逆襲のシャア』にさかのぼる。初恋の少女クェス・パラヤの死を目撃したことが、今でも夢にうなされるほどの原因となっている。
連邦政府の腐敗に挑むという大義もあるが、ハサウェイの戦いは自らの心に巣食う悪夢を振り払うという意味もあるのだろう。政治的な信念と自らのトラウマに拘束され、自分はこのようにしか生きられないとどこか達観しているのがハサウェイであり、不自由な存在と言える。
主人公としてはすっきりしない存在に聞こえるかもしれないが、「ガンダム」シリーズはむしろこうした屈折した主人公は珍しくない。むしろ、どこまでもわかりやすい動機で勢いよく飛び出していき、特別なトラウマも負っていないマチュのような主人公の方が珍しいともいえる。
