※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2025」に届いた原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。
【出場者プロフィール】青〆鯖子 中日ドラゴンズ
大和、銀次、T-岡田と同学年。つまり登録名が本名と違いがち世代。青〆鯖子も本名ではない。この世代で少なくなりつつある現役、祖父江大輔(本名)を応援。記事公開日の7月20日は、私と母と砂田毅樹の誕生日。
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私の母は、「宇野ヘディング事件」を後楽園球場で目撃している。母は宇野のことを「かわいそうだった」と言っていた。
宇野ヘディング事件。伝説の「珍プレー」だ。
1981年8月26日、後楽園球場。巨人対中日戦でショートを守っていた中日・宇野勝はフライを捕球できず、サッカーのヘディングさながらボールを額に当ててしまう。
フジテレビ「プロ野球珍プレー・好プレー大賞」で、数えきれないほど繰り返し放送されてきたエラーだ。
多くのプロ野球ファンにとって、鉄板の「笑える」珍プレー。「かわいそう」という感情はそこから距離があるように思える。しかも母は、巨人のホーム・後楽園球場の一塁側スタンドで試合を観戦していた巨人ファンだった。
あの映像には映し出されていないものは何だったのかを知りたい。そう考え、母に話を聞いた。
「宇野ヘディング事件」に複雑な思いを抱いていた母
なぜ母は敵チームの宇野を案じたのだろうか。
その「事件」を目撃するきっかけは、母の勤務先から始まった。
銀座で働くOLだった母は、上司から「取引先から今日のチケットもらったんだけど要る?」と声をかけられる。
「えぇーッ、いいんですかぁ~!?」
うら若き母はそう歓声を上げて受け取った。退勤後、デパートで買ったお弁当を手に同僚の女性と球場へ向かった。
試合は中日が6回までに2点を先制しリード、巨人は無得点。中日の先発は、打倒巨人がモットーの「燃える男」、星野仙一だった。
7回裏、二死二塁。巨人・山本功児の打球は打ち上げられ、そこにいる誰もが「あぁ、フライで3アウトチェンジか」と確信した。
しかしボールは宇野の額を直撃する。周囲からはエーッ、ウワーッと驚きの声が上がる。母と同僚の女性は思わず顔を見合わせる。
グラウンドに近いその席から、グラブを何かに叩きつけるような仕草で怒りを表す星野の姿が母の目に入った。
母は自宅に戻ると父親、つまり私の祖父に「観たか、あれ」と笑いながら声を掛けられる。祖父はすでに、テレビ中継でヘディングを観ていたのだろう。
その後、現代まで語り継がれる最強コンテンツとなった「宇野ヘディング事件」。一方、母は複雑な思いを抱いていた。
頭部に強くボールが当たった衝撃は大丈夫なのか。ベンチに戻った宇野は、どのような態度で首脳陣やチームメイトに迎えられるのか。星野に辛辣な言葉をぶつけられるのではないだろうか。今後のプレーに影響しないだろうか。
巨人ファンだったにもかかわらず、母は宇野を心配していたという。

