第1作『拳銃と目玉焼』でシネコン公開を目指す

安田 それで作ったのが『拳銃と目玉焼』(2014)という作品です。出演者はスターの人とかは使えへんけども、オーディションとかいろいろ作品を見てオファーして、有名ではないけれどもしっかりと存在感を発揮している俳優さんをきちっと選んで。スタッフは、いい映像、いい脚本、いい照明、いい録音を求めてプロの方を呼んでいるとインディーズ映画というよりも小型の商業映画みたいな予算になってしまうので、今までやってきたイベントと一緒で、自分が全部できたらええわと。撮影とか照明とかある程度は勉強していたんですけど、自分自身がプロとしてのスキルをいろんな分野で持っていたら、結果的に仕上がりはよくなるやろうというね。よく考えたら監督がメチャクチャ頑張るってだけの話なんですけれども(笑)。そういうふうな方式で、もちろん皆さんにはギャラを払って作りました。

『拳銃と目玉焼』

 これをT・ジョイさんが、夜中11時55分から始まる枠だったんですけれども、新宿バルト9で1週間かけてくれて。その後、6都市のT・ジョイ系のシネコンで1週間ずつかけてくれた。やったはいいんやけれども……750万ぐらいかかって撮ったんですけれども、結局興行収入がミニシアターも含めて250万ぐらいで、大赤字になって。やっぱり映画はいろんな人に出ていただいて、宣伝もちゃんとやらんと、採算取れへんねんなということを思い知ったわけですよ。

これまでの映画で一番リアリティのあるヒーロー映画に

——『拳銃と目玉焼』はある種のヒーロー映画ですね。ある意味ちょっと貧乏な、でも心情的にはすごく痛いほどリアルなヒーロー映画という。題材としてヒーロー映画にしたのはどうしてですか?

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安田 今までの映像作りというのはお客さんを喜ばせるために、想定したターゲットを見据えて、そこに向かって作り込んでいくという作り方をしていたので、何を作っても良いとなった時、何を作っていいかほんまに分からなかったんです。それやったら、当時41~42やったので、40代の男性の自分自身が喜ぶようなテーマで作ったらどうやろうと、ヒーローものになって。そうしたら仮面ライダーかなとか。

『拳銃と目玉焼』©︎未来映画社

 どうせやるなら、今までの映画になかった特徴を一個持ちたいなと考えて。ヒーロー映画の中で今までで一番リアリティを保ったままヒーローを誕生させるということをこの作品ではやってみようと思ったわけです。

 初めは25歳ぐらいの男の人で主人公を考えていたんですが、前から親交のあった40代の俳優、小野孝弘さんにその話をしたら、「それ、面白いですわ」って。それで若い青年がやるより、おっちゃんがヒーローになっていったほうがおもんないかなと思って。

 上映すると、毎晩40人ぐらいのお客さんが来てくれはって、意外と熱狂的に支持してくださる方がいたんです。ただ、本当に40代の男性だけにしかウケなかった。

『拳銃と目玉焼』©︎未来映画社

——そうなんですね。「仮面ライダー」オマージュものって今までもあったと思うんですけれど、一番リアルだし、ファンタジーに逃げずにどうなっていくかを辛さを伴って見るみたいな映画でしたね。

安田 僕的には、顔がいいとかアクションができるとかケンカが強いということじゃなくて、犠牲的精神を発揮して、無私無欲の状態で誰かのために戦う人がヒーローだということを描いてみたかった。