「ぼくの知ったことではない」の精神で身を守る

 別の事例を紹介しよう。

 配送事業者のLA社の例が分かりやすいだろう。たとえ“配置ガチャ”でも、その日一人の運転手と組んだら仕方がない。その運転手が誰であろうと、助手として補佐しなければならない。

 ぼくは、運転手は「客宅に、客が望む通りの態様で、客が買った品を運びかつ置く(ときには設置する)こと」が仕事と考えている。他方、助手は「運転手の仕事がはかどるように、指示に応じて作業をすること」が仕事と思っている。前者は「客への価値提供」だが、後者はあくまで作業である。

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 ある雪の日、LA社の仕事に就いた。初めて具丼さん(仮名)と組んだが、具丼さんは無口な人だった。何も説明してくれない。朝トラックが出発するときから、なんだが嫌な気がした。

 

 ある客宅に大型ソファを納品する際、玄関前で開梱したあと、そのソファを宅内に2人で運び入れようとした。具丼さんが前で、ぼくが後ろからソファを持った。大型だから2人で持ってもけっこう重い。

 玄関前は残雪が凍っており、しかもダンボールから取り出したソファの底にまだビニールが取れないでいた。具丼さんが前へ進みかけたとき、後方でソファを持ち上げているぼくの足元にそのビニールが絡まった。上半身に何もなかったら手でよけれたが、そのときぼくは重いソファを担いでいるのである。

 ソファは大きく足元が見えない。けれど凍った残雪の上だと滑ると予見できた。果たして、ほんとうに滑りかけた。具丼さんにぼくの緊急事態を伝える間がなかった。ぼくの足が滑ってバランスを崩しそうになった。

 本能的だったが、ソファを持ったままならぼくの身体が下敷きになると思い、そのソファを少し脇に放った。ソファは玄関前の床に落下した。そのためソファの下部に傷が入った。その傷はけっこう目立っていた。

 このときのぼくの一瞬の判断を、ここに正直に記しておこう。

 ぼくは運転手と違い、「客への価値提供」が仕事ではない。ぼくの仕事は、先に書いた通りの作業である。その作業に危険を感じれば、たとえその家具が傷つこうが、破損しようが、躊躇なく自分の身の安全を図る。

「落して申し訳なかった」と、礼儀として具丼さんに謝ったものの、心中では「ソファに目立つ傷がついたことは、ぼくの知ったことではない」と思った。具丼さんは、その対応のために本社に電話して指示を仰いでいた。

 タイミーワーカーは、言われた通りの作業をしているだけでも、通常は責任が伴う。そのことは重々承知している。先のケースだと、ソファをへたに持ってしまい、途中で落したことは、原則ぼくの落ち度である。けれど身の危険を感じたときは、直ちにその作業から距離を置くという判断は正当なのである。

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