GPSや気象衛星が利用できなくなる恐れも
いかにその内実がともなっていないとしても、この「宇宙軍」という言葉の響きは中国を大きく刺激している。
中国は「宇宙兵器配備防止条約(PPWT)」をロシアと共に2000年代初頭から提案しており、アメリカのミサイル防衛構想における宇宙空間でのミサイル撃墜システムに強く警戒してきた。そのため、宇宙空間にミサイル迎撃用の兵器を配備することに反対するだけでなく、中国の衛星に対するアメリカの宇宙兵器による攻撃を禁止することを目指してきた。中国から見れば、この「宇宙軍」構想は、まさに宇宙空間に兵器を配備し、攻撃的な能力を持つ試みに見えるため、トランプ大統領の演説の直後に「宇宙の平和利用へのコミットメント」を宣言し、トランプ大統領にくぎを刺した。
また中国は、「宇宙条約では、宇宙空間の平和利用が原則である」という主張もしている。確かに宇宙空間で戦闘が起これば、人工衛星やミサイルなどの破片から大量の宇宙デブリ(ゴミ)が発生し、それらが民間衛星などにぶつかり加速度的にデブリを生み出す「ケスラーシンドローム」が起こることが懸念される。そうなれば、すでに我々が享受しているGPSによる位置情報や気象衛星からの画像といった現代社会に欠かせないサービスなどが使えなくなる恐れもある。
議会が動かなければ、単なる戯言で終わる
トランプ大統領が「宇宙軍」の創設を強行すれば、中国も「宇宙軍」を持ち、宇宙空間での戦闘を想定した軍事戦略へと展開していく可能性もある。そうなれば、宇宙空間における軍事的なエスカレーションは避けることが難しく、実際に宇宙空間における戦闘が起きるリスクは高まる。
宇宙システムは国際宇宙ステーションを除けば無人であり、それを攻撃しても直接死傷者が生まれるわけではない。また宇宙空間での戦闘はレーダーや望遠鏡に映る「点」でしかなく、仮に衛星が機能を失っても、それが攻撃によるものなのか、デブリとの衝突や太陽フレアの影響なのかを判断することが難しい。しかも宇宙システムを破壊すればアメリカの軍事能力は格段に低下する。つまり有事の際には宇宙システムを攻撃するインセンティブが非常に高い。
現在進行中の米中貿易戦争が即座に軍事的衝突になるとは言えないが、台湾をめぐる問題や南シナ海での対立などがこじれ、摩擦が高まっていけば、軍事的なエスカレーションも高まる可能性がある。そうした時に「宇宙軍」が存在することで、宇宙における先制攻撃(Space Pearl Harbor)を誘発しないとも限らない。
こうしたテンションの高い時に、内容が空疎な「宇宙軍」の創設を提唱することは、ムダに対立を煽る結果になる可能性が高い。結果として議会が動かなければ、単なる戯言で終わらせることができるので、議会の良識に期待したいところだ。