2浪して入った歯学部は「めちゃめちゃ忙しかった」

矢作 辛かったですね。現役の時はちょっと医学部の合格は無理かもと考えていて「まあ、浪人すればいいかな」と思ってました。ただ1浪目もダメで。ちょっと遊んでいたんですよね(苦笑)。

 母は怒ってましたね。「期限は2浪までだから。それで受からなかったら地元のスーパーで働きなさい」と言われていて。しかも「普通の大学に行かせるぐらいだったらお金は出したくない」とも言われていて、学部を変える選択肢もありませんでした。

 それで2浪して歯学部に入りました。医学部にも合格していたんですが、学費があまりにも高すぎて。歯学部と天秤にかけて歯学部を選びました。

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現在の矢作さんは都内で働く現役歯科医に ©山元茂樹/文藝春秋

――実際、入った歯科大学はどうでしたか。

矢作 めちゃくちゃ忙しいです。高校3年の受験シーズンがずっと続くみたいなイメージです。何かの試験に向けてほぼ毎日勉強。朝から夕方5時ぐらいまで授業があって。その後はテスト勉強です。

 入ってちょっと後悔しましたね。周りの文系の大学に行った友達は夏休みもすごい長いし、でも私はテストに向けて夏休みも勉強。テストもすっごい厳しくて、留年する子も多かったです。学費も高いので、親からも「留年はさせない。留年したらスーパーで働いて」と言われて、プレッシャーもありました。

――そんな中で矢作さんは「ルプティフルリエ」というグループで、アイドル活動を始めますね。

矢作 よくご存じですね(笑)。妹と一緒に原宿を歩いている時にスカウトされたんです。「ダンスを無料で習わせてあげる」って言われて、「えっ、いいじゃん」みたいな。気軽な気持ちで始めました。

 地下アイドルで「地上を目指そう」みたいな感じで。ダンスの練習したり、ちゃんとオリジナル曲もあったんですが、遊び感覚でやっていて、本当にちょっとだけしか活動してなかったんですけど。

妹の付き添いのつもりで名古屋のオーディションへ

――さらに矢作さんは2016年にSKE48のオーディションを受けます。

矢作 SKE48はお母さんが勝手にオーディションに応募していたんです。よく聞くじゃないですか、親が勝手に応募したって。本当にあるんだって(笑)。

 もともと妹がずっとアイドルになりたいと話していて。私はそれを応援していた立場だったんです。その妹がAKB48とSKE48のオーディションを受けることになって。ただ当時、妹は中学生だったので一人で名古屋まで行かせることを母が心配していて。「付き添ってあげて」と言われていたので、ただの付き添いだと思って「はいよ」と答えたんですが、実際は私の資料も送っていたんです。

©山元茂樹/文藝春秋

――妹さんのついでに応募されたものの、矢作さんはオーディションにどんどん進んでいきます。アイドルになるモチベーションとかはあったんですか?

矢作 最初はなかったんですけど、トントン拍子に受かってきた時あたりから「もしかしたら私、いけるのかもしれない」と思って、モチベが上がってきました。

 歯大生という経歴であったり、オーディションの時も学校で習った心肺蘇生を披露したんですが、審査する方に気に入られているなという雰囲気は感じてました。オーディションで当時のSKE48劇場の支配人の湯浅(洋)さんとすごく目が合うんですよ(笑)。