司会者がくるりと手に持った鏡面をカメラに向ける。
数秒の沈黙。スタジオ内は静まり返っている。
「―どうですか? 視聴者の方。こんな感じですが、見えてますか?」
足元にある出演者用のモニターには視聴者のコメントがリアルタイムで流れている。
「思っていたよりキレイ」
「鏡って感じじゃない」
「銅鏡だねこれ」
「特に何も映ってない」
モニター上にコメントが矢継ぎ早に流れては消えていく。
「……はい、じゃあ鏡を伏せまーす。……はい! もう画面見て大丈夫です! 一週間だっけ? 六日後? それぐらいに変なこと起こったら、皆さん是非番組に連絡下さいね!」
そうして鏡の紹介を終え、番組は進行していき、程なくしてディレクターから「OKです!」と放送終了の合図がかかった。
村川さんから再び連絡を受けたのは、生放送のテレビ出演を終えた翌日だった。
宣言通り僕は生放送で鏡を開封し、そこでそれを覗き込んだ。幸い鏡面に自分以外が映り込むようなことはなかったが、そのあと司会者も同様に鏡を覗き、カメラに鏡面を向けたことで何万人もの視聴者がそれを覗くに至った。「自己責任」という一言は添えられていたが、生放送であったため視聴者のコメント欄にはカメラ越しに鏡面を見た多くの人のコメントが大量に流れていた。僕が確認できた限りではあるが、妙なものが映り込んでいる、などのコメントは見つけられなかった。
村川家では鏡を見た人間が一週間以内に死んでいる。
しかし鏡を見たこれだけ多くの人間がバタバタと死ぬなんてことは現実ではあり得ないだろう。それこそ『リング』のような映画の世界だけの話だ。
「あれ、やっぱり良くないものですよ……」
開口一番、電話口で村川さんがそんな言葉を漏らした。
「どういう意味ですか?」
「すごく薄情なんですけど……はやせさんに鏡を引き取ってもらったら『もう自分には関係のないものなんだ』って思えて、安心できたんです。そうなると今度は『はやせさんは一体どうなるんだろう?』って気になってきちゃって」
村川さんの父親も同じ気持ちだったという。長年自分たちを悩ませてきた鏡が他の人間の手に渡ったとき、どんな結果をもたらすのか? 後ろめたさを感じながらも、好奇心から二人は放送を観ていた。鏡面が画面に映し出されたとき、モニター越しであるという安心感もあって二人共が画面を覗いていたそうだ。そこで妙な違和感を覚えたのだという。
「最初は画面の乱れか、汚れかと思ったんですが……鏡面に黒いモヤのようなものが見えたんです」
「黒いモヤ?」
それは村川さんだけでなく父親にもはっきりと見えていたという。二人には鏡面から黒いモヤがかった何かが上に向かって立ちのぼる様子が画面越しに見えていた。
「これ何だ……?」
「テレビ局側の問題かな……?」
そんな会話をしていたのだが、すぐにそれが間違っていることに気づいた。
コメント欄である。画面上にはいくつものコメントが矢継ぎ早に流れてくる。そこには誰一人「鏡面にモヤが見える」などと書いてはいない。それどころか「キレイな鏡」とか「思ってたより普通」といった内容ばかり。
もちろん僕にも黒いモヤなど見えていないし、出演者からもそんな話は出ていない。
「それって黒いモヤは村川さんとお父さんだけに見えたってことですよね」
「たぶん……やっぱりうちの一族だけに影響があるってことなのかな……」
幸い村川さん、父親共に今のところ特に異変はないということだった。
「お電話したのはもう一つ理由があるんです。じつは先日伯父から連絡があって」
鏡を手放してから数日後に村川さんは父方の伯父から電話を受けた。そこでこんな話をされたのだという。
伯父が自宅で眠っていると妙な夢を見たそうだ。
夢の中でも伯父は現実と同じように布団の中で眠っている。その枕元にはもう一人、伯父自身が立っている。そのうち枕元に立つもう一人の伯父が自身の腹部辺りをグッグッと指で押すような動作を見せたそうだ。
翌朝、不思議な夢の内容がどうにも気になった伯父は、その日のうちに病院へ行き精密検査を受けた。
そこで発覚したのは〈大腸ガン〉だった。幸い早期での発見であったため、すぐに処置が施され大事には至らなかったのだという。
「僕にはこれが偶然には思えないんですよ。なにせ鏡をはやせさんに引き渡してすぐのことですし」
その電話で伯父に例の鏡を人に譲渡したこと、今はもう手元にないことを話すと、伯父は大層喜んでいたという。
話を聞き終えて、「また何かありましたら、教えてください」と伝え電話を切った。
そのあとすぐに昨日放送されたばかりの映像を再度確認してみたが、画面の中の鏡はやはり何の変哲もないものにしか見えなかった。