2021年12月5日。

 僕はあるテレビ番組の生放送に参加していた。

 ゲストとして呼ばれているその番組の放送中に、村川さんから買い取った例の鏡を初めて開封する―。これが村川さんとの約束である。

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 リハーサルを終えさっそく生放送が始まると、司会者によって僕ともう一人のゲストが紹介された。僕が簡単な自己紹介を終えると、さっそく司会者が鏡の話題に触れる。

「……で、今日ははやせさん、最近手に入れたばかりの呪物をここで初公開してくれるということで……いいんですよね?」

「はい。そのつもりで持ってきました」

 そう言って足元に置いていた例の鏡を手にとる。ガムテープとタオルは村川さんから受け取ったときのままだ。

「ヤダぁ……私絶対見たくない」

 司会者の脇に座ったアシスタントの女性が声を上げる。淡々と進行する司会者とは対照的に、視聴者に近い怯えた反応を見せるのが彼女の役割なのだろう。

「そんな感じで持ち歩いてるんだ。タオルと……ガムテープで包んでるの?」

 と司会者が言う。

 確かに「江戸時代から続く呪物」と聞けば、もっと厳重に保管しているものだと思われるのかもしれない。

「はい。受け取ったときのままです。まだ開けてないんで」

「じゃあはやせさんもまだ中身見てないんだ?」

「見てないです。スタジオで開封するために我慢してました。せっかくなんで」

「なるほどね。なんでも〈この鏡を覗くと、自分以外の誰かが映り込んで死んでしまう〉という、いわくがあるんですよね? で、実際に前の所有者の家族に不幸があったと……それをはやせさんが譲り受けた……。へぇ~。まさに〈覗くと死ぬ鏡〉だね。じゃあさっそく開けてもらっても……いいですか?」

「はい。じゃあさっそく……」

 そんなことを話しながら貼り付けられたガムテープをぺりぺりと順に剝がしていく。ガムテープが全て剝がれると白いタオルがハラリと垂れた。それを慎重に指で押さえながら隙間から覗き込んでみる。タオルで包まれた状態ではどちらが鏡面なのか判断がつかない。覗くと片方の面に小さな凹凸が確認できた。恐らく裏面に施された文様だろう。

「出します」

 一声かけたあとタオルを外す。中から現れたのは、鈍く光る手のひら大の丸形の手鏡だった。一目でこれがかなりの年代ものであるということが分かる。

 

 ゆっくりと鏡面を上に向け、背後に誰もいないことを確認してから覗き込む。

 うっすらと輪郭のぼやけた自分の顔が映り込んでいる。

「鏡っていうよりは……銅ですね。銅を磨き上げたみたいな」

 考えてみれば当然だろう。江戸時代の代物であるなら現代のようなガラスに薄く銀を塗った工法ではなく、銅などの素材を光が反射するまで丁寧に研磨するという工法で作られたもののはずだ。注意深く自身の背後まで確認してみるが、自分以外に何も映り込んではいない。

「特に……変なものは映ってないですね」

 不鮮明だが自分の表情と背後のスタジオのセットは確認できる。しかし自分以外、何か動くようなものが映り込んでいる気配はない。出演者に鏡面が向かないよう手のひらで覆い裏面を向ける。裏面には、村川さんの話通り細かく刻まれた鶴と松の文様があった。その左端には名前が刻印されていた。

「これは……製作者の名前ですかね」

 後になってこの名前について調べてみると、それなりに名の通った有名な作家の作品であることが判明した。他にもいくつも同じような文様が施された作品が世に出回っているようだった。恐らくこれは「呪いを込めるために作られた鏡ではなく、既に出回っていた鏡に呪いを込めた」ということなのだろう。目立った破損や汚れはない。こういった場合、骨董品としての価値が高い品も多く、資料館のような場所へ寄贈されることも少なくない。

 出演者のみならず、スタジオにいるスタッフ全員の緊張した視線が今、自分とこの鏡に注がれている。それを感じながら握った手鏡をゆっくりと観察する。

「見た感じは……うん。特に……変わったところはないです」

 しばらく眺めていると司会者が「俺も見るわ」と声を上げた。

 鏡を手渡すと司会者は躊躇することなく覗き込んだ。

「結構重いねこれ。あぁ、確かに鏡っていうよりは、そうだな……『鉄板』みたいなもんだねぇ」

 しげしげと鏡を覗いている司会者に触発されたのか、さっきまで怯えていたアシスタントの女性も「私もいいですか?」と手を挙げた。そうして順番に鏡を回して結局出演者全員が鏡を覗き込んだが、特に誰の背後にも妙なものが映り込むことはなかった。

「これさぁ、視聴者にも鏡面見たい人いるんじゃないの?」

 司会者が再び鏡を手に持つと、すかさずディレクターが画面の外から「じゃあ見たい人だけ見られるようにカウントしてから見せましょう」と提案した。

「あぁそれいいね。じゃあ今から十秒数えるから。十数えたあとカメラに鏡向けるから。嫌な人は向けてる間、画面見ないでね」

 見たい人だけ画面上で見て、見たくない人は目を伏せればいい。カメラマンの意思だけが無視されている気がするが、そこは触れないでおいた。視聴者には自己責任で判断してもらおうということだが、番組の視聴者数を考えると何万人もの人間が画面越しに鏡を覗くことになる。それだけの人数であるから、今後一週間以内に死亡する人がゼロである保証はない。もし仮に死亡原因が〈鏡を見た〉ことであっても判断がつかないだろう。とりあえず見た人の中で異変があった場合は番組に連絡を下さいね、と司会者が呼びかける。

「はい、じゃあ数えるよ。『自己責任』だからね。いきまーす。じゅうー、きゅうー、はーち、なーな」

 果たしてどれくらいの人間がカメラ越しに鏡面を見るのだろうか。

「さーん、にーい、いーち……はい、いきまーす!」