その一歩として私は現在、林眞須美さんの長男と一緒に、和歌山カレー事件に関する情報共有の場をWeb上に作るためのクラウドファンディングを立ち上げている。冤罪の可能性を検証し、情報発信を続けるためだ。
私が袴田事件に強く惹かれたのは、どうやったら和歌山カレー事件でも、袴田事件のように再審無罪を求める大きなうねりが作れるのか。ここで起きていることは、和歌山カレー事件にとってもヒントになるに違いないと考えたからだ。
私は、袴田事件の支援者たちがどんな方法で社会を動かしていったのかを、知りたいと思った。
何十回と繰り返した事件現場案内
袴田事件の記事を読むとたびたび目にする支援者の名前があった。
山崎俊樹さん(71歳)。
20年以上前に「袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会」を立ち上げ、事務局長として支援活動の舵を取ってきた。山崎さんが弁護団とともに行った「衣類の味噌漬け実験」は、2008年の第2次再審請求、そして再審公判における無罪立証で決定的な役割を果たしたと言われている。
連絡を取ると、清水駅で待ち合わせをすることになった。事件に関係する場所を車で案内してくれるという。
「現場を見たほうがいいでしょう。事件現場はそのまま残っていますから」
事件現場に到着すると、当時の現場検証の写真が収められたA4ファイルを手際よくめくりながら説明を始めてくれた。被害者となった味噌製造工場の専務の自宅は殺害後に放火され全焼しているが、土蔵が一棟残っている。
「竹藪に覆われているところが土蔵です。昔はきれいに見えたんですよ。今は木がこんなに生い茂っているからなかなか実感できないんですけれども。検察が主張するように袴田さんが事件を起こして逃げたとすると、どうやって塀を越えたのかなと疑問に思いますよ」
事件現場からJR東海道線を挟んだ先に、袴田さんが従業員として働いていた味噌製造工場があった。
「いま新しい家が建っているけど、このあたり一帯が工場だった場所です。もう一気に家が増えちゃって。だからかなり大きな工場ですよ。重要な証拠となった衣類が発見された(味噌の)1号タンクがあったのが、そのあたりです」
