市販の味噌を購入してプラスチック製コンテナに入れ、ニワトリの血をつけたシャツなどの衣類を味噌に漬け込んだ。実験はすべて自腹。事件が起きた現場に近いみかん農家に頼み込んで、納屋に置かせてもらった。できるだけ現場に近い環境での変化を見るためだ。
「疑問に思ったことは、自分で確かめなきゃいけない。『捏造だ』と主張するなら、捏造がこんなに簡単にできると証明しないといけないと思いました」
1年間、味噌漬けにした実験の結果は明白だった。
「シャツに付いた血痕は真っ黒になり、白い部分なんてなくなったんです。『味噌に長期間漬かっていなかった』ということが裏付けられたと思いました」
しかし当初、弁護団はこの実験に積極的ではなかったという。
「最初は『そんなことやってるんだ』ぐらいの反応で、真剣に聞いてもらえませんでした」
状況が変わったのは2008年。第1次再審請求の特別抗告が棄却されたことで、弁護団が山崎さんたちの実験をもとに作成した「味噌漬け実験報告書」を新証拠として、第2次再審請求を申し立てることになったからだ。
「第2次再審で一番大きかったのは、われわれ支援者が証拠を作ったことです。だから、弁護団も支援者の意見を尊重してくれるようになったんです」
2008年以降も山崎さんたちは弁護団とともに、さまざまな条件で実験を続けた。
そして2014年、静岡地裁は「捜査機関による証拠捏造の疑い」に言及し、再審開始を決定。山崎さんの素朴な疑問に端を発した支援者たちの粘り強い取り組みが、半世紀に及ぶ冤罪を晴らす決定的な証拠を導き出した。
メディアの姿勢が一気に変わった元裁判官の告白
2007年1月、袴田事件を大きく動かす一通の手紙が届いた。差出人は、1968年の一審で死刑判決を言い渡した3人の裁判官のうちの一人、熊本典道さんだった。
「熊本さんからのコンタクトは、われわれ支援者に来たんです。東京の支援者に手紙が届いて、1月末に、私とひで子さん、弁護士など4人で博多まで会いに行きました」