熊本さんは、当時29歳という若さで下した死刑判決の苦悩を、あけすけに語ったという。

「まず驚いたのは、決定的な証拠とされた味噌漬けの衣類について『あんなの後で出てきた証拠じゃないか。証拠価値はない』とはっきり言っていました。『自分は最初から無罪を主張し、石見勝四裁判長は、私の無罪意見に同調してくれるものだと思っていたのだが、高井吉夫(もう一人の裁判官)と一緒に有罪の判断をした』。さらに熊本さんは石見裁判長に、『無罪にするしかないと思っているのに有罪の判決なんて書けるか』と言ったが、『それが決まり(左陪席の最も経験の浅い判事補が起案すること)なんだから書いてくれって言うんだよ』 とも言っていました」

衝撃的な熊本さんの告白を、どう世に出すか。差配を任されたのは山崎さんだった。

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「新聞は朝日新聞、テレビは静岡朝日テレビに決めていたんです。朝日新聞には事件を継続的に取材していた小石勝朗さんという記者がいました。静岡朝日テレビは、当時一番熱心に取材に来てくれていたんです。私が初めて袴田さんに面会したときに似顔絵を描いたんですが、その絵に色を着けて放送してくれた。あのとき、死刑判決を受けて以来初めて、袴田さんの顔が外部に出たんです」

大きなインパクトを与えるため希望も伝えた。

「朝日新聞は必ず朝刊、テレビ朝日は全国放送でお願いしたい、と。当時、古舘伊知郎さんがメインキャスターだった報道ステーションに出してほしいと伝えました」

だが放送当日、静岡朝日テレビが朝から大々的に番組宣伝を打ったため、他のマスコミ各社が一斉に問い合わせてくる事態となった。

「結局、朝日新聞は前日の夕刊に載せてしまった。私は静岡朝日テレビに怒りましたよ。でも、熊本さんの登場で一気に流れが変わったのは事実です」

熊本元裁判官の告白を機に、マスメディアは一斉に「袴田冤罪」を報じ始めたという。

「世論を動かすには、情報をオープンに」

「世論を巻き込むうえで大事なのは、情報をオープンにすることです」