大谷の個性生きる時代
野茂英雄、イチロー、松井秀喜ら日本のパイオニアは、フィールドでニコリともしないタイプだった。大リーグの伝統にすんなり溶け込んだことが容易に想像できる。松井氏は引退後に不文律について「根付いているものには従おうと考えた」と振り返っている。
ただ、日本選手も不文律が生む文化摩擦と無縁ではなかった。例えば松坂大輔らプロが初参加した2000年シドニー五輪で、日本は手先を鳥のくちばしに見立てたタッチで本塁打した選手を迎えた。ところが元大リーガーが主力のオランダに侮辱だと抗議を受け、次戦からパフォーマンスを自粛したことがあった。
大谷は試合中に見せる豊かな表情も魅力の一つになっている。先発登板した7月21日のツインズ戦、1回の打席で35号本塁打をバックスリーンに打ち込むと、気持ちよさそうにバットを放った。「壮大なバットフリップ」と大リーグ公式アカウントが映像を投稿している。塁を回りながら片足を上げて腰を振る「ヒップロック」のポーズを決めると、ホームインして顔の前で指をスライドさせる「デコルテポーズ」をとる。
MUST SEE: This angle of Shohei Ohtani's epic moonshot and bat flip 😳 pic.twitter.com/Nr3jogiFo6
— MLB (@MLB) July 22, 2025
アクションは単なるパフォーマンスに留まらない。2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準決勝メキシコ戦では、1点を追う9回に二塁打を放ち、二塁上でベンチに向かって何度も両手を振り上げて叫んだ。あの叫びなしに日本の逆転があっただろうか。
これらすべてが、大谷の大リーグ2年目まではタブーに近い行為だったとは今になっては想像できない。1度目の右肘手術から復帰して本格的に二刀流を再開したのは、多くの不文律が消えた2021年だった。個性が生きる時代に全盛期を迎えることができたのである。
大谷のキャリアでもっとも派手なアクションは、WBC優勝時のグラブ投げだ。頂点を極めた者には、激しい感情表現が許される。それは大リーグで何十年も変わらないことである。
米国のテレビでは、1986年ワールドシリーズ第7戦を締めくくったメッツの抑え投手オロスコの映像が名場面としてよく流れる。2023年の大谷と同じように、勢いよく投げ上げたグラブは画面から消え、歓喜の輪の中でも確認できない。2011年にマニアックなファンがオロスコのグラブのゆくえを追跡し、ハレルソン三塁コーチが拾っていたことを突き止め話題となった。大谷のグラブは誰が回収したのだろうか。
