新薬探索はとても難しい。科学者が立案するプロジェクトのうち資金が提供されるのが5%。さらにそのうち医薬品として承認されるものは2%しかない。それが副題の「成功率0.1%」である。
加えて平均15億ドルに及ぶ莫大な費用と1品目あたり14年にも及ぶ歳月がかかる。努力や費用をいくら投じても全てが無に帰することも少なくない。これが薬が高価な理由だ。
本書はアヘンやエーテルなどの昔の薬の歴史から、近代的な薬理学の誕生、工業化製剤時代、合成化学の誕生、そして薬の開発に規制がかけられるようになった経緯など、各種薬の開発物語を通して、新薬探索の今昔を描き出したノンフィクションだ。
著者はベテランのドラッグハンターだ。麻酔がなかった時代の手術の様子や、品質を管理するという考え方の誕生、アスピリンをめぐる誤った説明の歴史と真実、ピル発明の数奇な過程などが巧みな語り口で描かれており、物語のようにどんどん読み進められる。
病気と新薬探索をめぐる生々しい話題と同時に、人体の理解と薬の働きの科学的な解明、それを元にした合成化学的な手法による薬の製造が徐々に進んでいったことや、副作用を防ぐのがなぜ難しいのかといった複雑な事柄までが読み進めるにつれて自然と頭に入るように構成されている。この構成は本当に素晴らしい。
薬の発見は自然界からの偶然の発見から始まって、従来の薬剤の部分的改変を経て、完全に人工的な合成手法へと進んだ。糖尿病のインスリンは組み換えDNA技術によって作られている。技術発展の歴史は合理的にまっすぐに進んだと思うかもしれない。だが決してそうではない。たとえば米国で薬を発売するまでの試験がちゃんと義務付けられたのは、なんと1938年と聞くと驚く読者のほうが多いだろう。重大な中毒事件が起きて批判が高まるまで、そういう体制は作られなかったのである。
薬をめぐる物語は、著者のような職業人の一個人の人生でもあるし、体内の細胞内の分子レベルの仕組みの話でもある。同時に、国際的事業を展開する巨大製薬企業におけるビジネスや工業生産体制の物語でもある。もちろん数多くの人の命に関わり、時に歴史を大きく変える物語でもある。
いわば自然界と人間界とがせめぎ合う多階層でダイナミックな場が薬の世界だ。そこにはどうしようもない不確実性がある。効果のある新薬を見つけるには研究者の創造性に任せて試行錯誤するしかないと本書は締めくくられている。
Donald R. Kirsh/この道35年以上の新薬研究者(ドラッグハンター)。医薬品関連特許24件、論文50本以上の実績。現在はハーバード大学で講義も。
Ogi Ogas/サイエンスライター。ウォール・ストリート・ジャーナルやボストン・グローブ紙などに寄稿。
もりやまかずみち/1970年生まれ。NHKディレクターを経て、現在サイエンスライター。共著書に『クマムシを飼うには』など。