朝の通勤ラッシュに登場する「押し屋」と呼ばれるアルバイト。満員電車に客を押し込む役割を担い、定時運行に欠かせない存在だ。

 経験者に内情を聞くと、「年間を通じてもっとも電車が止まる時期は?」「線路に落とし物をして拾ってもらえる優先順位は?」といった、トリビアを教えてくれた。そんな押し屋に語り継がれる社員からの教えが「女性専用車両にはなるべく近づくな」。いったいなぜなのか——。(全2本の2本目/最初から読む)

令和の“押し屋”バイトが女性専用車両に近づかない理由とは?(写真:HiLens/イメージマート)

 ◆◆◆

ADVERTISEMENT

「サラリーマンって大変ですね」

 押し屋は「押し」だけをしているわけではなく、駅ホームの安全確保もメイン業務だ。電車を待つ客の列を整理し、ホームの端を歩かないよう注意する。災害や人身事故の影響でダイヤが大幅に乱れた際には、ホームが人であふれないよう、階段を通行止めにする権限も持つ。

 そんな押し屋にとって、繁忙期は4月だという。現役の押し屋、岡野ケンジさん(仮名、20代)が解説する。

「入学、入社の時期で、ただでさえ人が多いのに、満員電車に慣れていない人が多く、体調不良者が続出するんです。ほぼ毎日と言っていい」

 地方から出てきた人にとって、都心の通勤ラッシュは味わったことのない恐怖だろう。岡野さんは断言する。「4月は電車が止まるものだと知っておいてほしい」

 コロナ禍を経て、テレワークや時差出勤が浸透し、混雑率もかつてほどではないとはいえ、今でも押しつぶされそうになった経験がある人は多いはずだ。昭和の時代にはすし詰めになった客の圧力で、電車の窓ガラスが割れることも頻繁に起きていたというから恐ろしい。

 ちなみに月曜日も体調不良者が増えるという。理由は推して知るべし……だろう。

 逆に、7、8月は夏休みで学生たちが姿を消すため、「押し」の仕事は楽になるという。学校が多い方面は空くが、ビジネス街が多い品川・東京方面はあまり変わらないという。大学生の岡野さんは苦笑する。「サラリーマンって大変ですね」

 4月に次ぐ繁忙期は9月。夏休みが終わって新学期が始まる。不思議なことに、学生たちは通勤ラッシュの感覚を忘れているんだとか。

非常停止ボタンは「ちゅうちょなく押して」と指導されるという。(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 そして、押し屋がもっとも緊張感に包まれるのが6月。梅雨の時期だ。とにかくドアに傘が挟まる。細い傘ではセンサーが感知せず、ドアが無事に閉まったと勘違いして発車してしまう恐れがある。その場合、押し屋たちは即座に非常停止ボタンに走らなくてはならない。

 当然、ボタンを押せば、周辺の路線もすべて停止するため、今度はホーム上の整理と客からの苦情対応に追われることになる。