不倫にギャンブルにやりたい放題の末、家族を捨ててフィリピンに飛んだ“クズ”の父、女海賊のように豪快で腕っぷしの強い母、ギャルでヤンキーでトラブルメーカーの姉、そして世界のどこにも居場所がなかった自身のこれまでを赤裸々かつユーモラスに描いた、上坂あゆ美さんのエッセイ集『地球と書いて〈ほし〉って読むな』。
重版を記念して、本書の中からエッセイ「ルフィより強くてジャイアンよりでかい母は今年で六十になる」を転載いたします。
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「この間知らない人のあばら折っちゃってさあ」
私の母は海賊である。正確に言うと、限りなく海賊っぽい女性である。実家では基本リビングにどっかりと座り、業務用ウイスキー(5L)を小脇に抱えてテレビを見ながらガハハと笑う。地元・沼津に友人がほぼいない私とは対照的に、沼津の奴は大体友達、というくらい社交的で知り合いが多い。若い人にたくさん食べさせるのが好きで、姉の友人や東京から連れて行った私の友人などを自宅に招き、大量の酒や料理を振る舞ってくれ、友人たちはいつの間にか皆、母のことを慕っている。
先日久しぶりに母と会ったら、「この間知らない人のあばら折っちゃってさあ」と言われた。うっかり寝過ごしちゃってさあ、みたいなテンションでとんでもないことを言われたので全く事態が飲み込めず、どういうことかと問いただした。母によると、友人が経営している馴染みのバーに行った際、新規の客が酔っ払ってくだを巻き罵詈雑言を吐き続け、店に大変な迷惑をかけていたらしい。母はその客の隣に座ることになり、最初は聞き流したりそれとなく注意をしたものの、彼の悪口は一向に止まらない。ついに我慢できなくなって、おもむろに席を立ちそのままの勢いでその客の脇腹を蹴り飛ばした。客はうずくまり、なんだこの女!とかなんとかブチギレつつも、あまりの痛みに脇腹を押さえて帰ったらしい。次の日彼が病院に行くとあばら骨が折れていると言われたそうで、以後その客が大人しくなったことを、バーの友人経由で聞いたという。その客の態度は確かに問題ではあるが、いやこれ普通に傷害罪だよなと思って、我が母ながら人として普通に引いた。どれだけ嫌な相手でも手を出すのは絶対ダメだよと、小学生に言うような台詞で還暦越えの母に注意すると、「いやでもさ、すっごい綺麗に入ったんだよ。パシュ!って」と自分のキックの素晴らしさを語り続け、あまり反省の色は見られなかった。
今ではジャイアンのような体型の母だが、若い頃の写真を見るに相当な美人だった。腕っぷしの強さは当時から変わっていないらしいが、それも含めて漫画に出てくる女海賊っぽい。母は、ギャンブル依存で女好きでどうしようもない、顔だけは良い父と結婚のち離婚した。女手一つで子ども二人を育てたけれど、私たち子どもには愚痴の一つも言わなかった。色々な意味で彼女よりも強い女性を、私は他に見たことがない。


