マキノが著者となっている2冊の著書『才能』と『沖縄と歌姫』では、1987年に安室と出会ったときの情景が少々違う。それをマキノに指摘すると、『才能』はゴーストライターに任せきりにしたのだと顔をしかめた。後に出した『沖縄と歌姫』の方が正しいという。
マキノによると、安室との出会いはこうだ。
安室は友だちの付き添いでオーディションに来ていた。マキノは安室を見て、気になる子だと思った。彼女が事務室のある2階に上がってきたら話し掛けてみるつもりだった。
ところが、一向に姿を現さない。帰ってしまったのか、と慌てた。
〈「私が呼んできましょうか?」とスタッフがいうより先に、私は見ていた書類を投げ出して、一気に階段を駆け下りて、外へ飛び出していた。
三〇メートルほど先のバス停に、その少女は佇んでいた。
秋とはいえ、沖縄ではまだ日差しは強く、暑い。じっとりと汗が背中ににじみ、シャツが背中に張りつく。蟬の鳴き声が遠くでするなか、少女がじっと私のほうを見ていた。
まるで、私が自分を追って飛び出してくるのを知っていたような顔だった。
私はもう、その少女しか視界には入らなかった。自然と走り出し、少女に近づくと、挨拶を交わすでもなく、開口一番、いきなり私はいった。
「君、アクターズスクールに入りたいの?」
少女は無言でただ頷いた。
「明日、お母さんを呼んできてね。お金はいらないといってね」
肩で息をしながらそういうと、少女はにっこりと笑って、また頷いた〉(『沖縄と歌姫』)
奥深くにある才能
まるで映画の一場面だ。本当に最初から安室の才能を見抜いていたのですか、とマキノに問うと、「あれは、まあ後付けですよ」とはにかんだような、ちょっと困った顔になった。
「なんか(最初から才能があったという類いの物語を)言ってあげないといけないから言うだけ。本当は分からなかったですよ。いや、正確に言うと、才能は感じた。でも彼女の奥深くにある才能をどう引っ張り出すか、分からなかった。あの時、ぼくは本当に食えなかったんです。学校は借金だらけ。毎月60万ぐらいでビルを借りているのに、生徒は20人ぐらいしかいない。誰かスターを作らないと、食えないじゃないですか」
でもね、と付け加えた。
