師匠が綴る、敗れた弟子への温かな想い

 それにしても伊藤七段は強かった。特に形勢が苦しくなってからの粘りが素晴らしく、今回はタイトルへの思いが藤井叡王を上回っていたように思う。

 とは言え、今回の藤井叡王の才気迸る将棋もまた素晴らしかった。この才能は現将棋界では間違いなく一番で、決して揺るがない。

 また藤井七冠は昨年八冠を獲得して以来、常にこう言っている。

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「面白い将棋をお見せしたい」

 それは自分で新しい形を作り出したいという意味もあるだろう。実際、今回の叡王戦第2局などは、開始早々に未知の局面に踏み込む藤井叡王の姿が見られた。

 それだけ伊藤七段が手強いとも言える。同じ戦型は何度も通じないという、現代将棋の進化の早さもあるだろう。いずれにせよ挑戦し続ける藤井七冠。勝負はこれからだ。

『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』 (杉本昌隆 著)

伊藤七段に「ありがとう」とお礼を言いたい

 将棋界のみならず、世の中の大きな関心事となった今回の叡王戦。藤井七冠の地元、瀬戸市のスーパーでは、叡王戦決着の翌日も「聡太八冠応援セール」で「8」にちなんだ応援をしたそうだ。飛騨牛100グラム888円、卵ひとパック88円……。

 七冠から八冠に返り咲いてほしいという期待が込められている。しかし消費者は、ここで決して邪な考えを持ってはいけない。

「しばらくの間は77円セールで……」

 ああ何という不謹慎さ。しかし人々の日常生活にも大きな影響を与える藤井七冠は本当に大変だ。

 敗戦だが失敗ではない。またライバルの出現は自分の成長を促してくれる。21歳の成長期にこれを体験できたのは本当に幸運だったと私は思う。その意味で私は伊藤七段に「ありがとう」とお礼を言いたい。

 藤井も人なり、だがその才能に一点の曇りもなし。

 ファンの方は安心していただきたい。

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