将棋界を牽引する若き天才、藤井聡太七冠。その師匠である杉本昌隆八段が、“最強すぎる弟子”のエピソードをはじめ、楽しくトホホな日常を「週刊文春」で綴った大人気エッセイ集の第2弾『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』(文藝春秋)。
その中の一篇「誕生日の対局」(2024年11月21日号)を転載する。
(段位・肩書などは、誌面掲載時のものです)
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対局日の棋士はピリピリしている
去る11月13日、私は56歳の誕生日を迎えた……いや、この原稿はそれより前に書いているので、正確には誕生日を迎えているはずだ。
自分へのプレゼントを買う、旅行に行く、などの予定はない。しかしありがたいことに、お祝いの手紙などをくれる将棋ファンの方はおり、そんなときは棋士の幸せを噛み締める。
今年の誕生日は名古屋で対局の予定だ。なお対局日の棋士はピリピリしていることが多く、周囲も声掛けは控えるのがマナー。だから私も、この日は言葉を発することすらほぼ無いであろう。
誕生日とは、平たく言えば一つ年を取る日。節目の年齢で周囲にこれを言われると少しカチンとくる。
「ついに大台か、キミも歳だねえ」
余計なお世話である。
もう一つは一の位が5以上になったときだ。
「四捨五入で〇〇歳? いや深い意味はないけど……」
全ての人に共通する誕生日ネタだが、5歳も上乗せする必要は無いと思う。
私は昨年から「四捨五入すれば還暦」なので、今年は淡々とした気持ちで歳を重ねるであろう。
偶然その日に会えば別だが、基本的に師匠は弟子の誕生日を祝ったりしないもの。だがあの弟子は別だ。主にテレビ局などのメディアから、その日が近づくとよくこう言われた。




