将棋界を牽引する若き天才、藤井聡太七冠。その師匠である杉本昌隆八段が、“最強すぎる弟子”のエピソードをはじめ、楽しくトホホな日常を「週刊文春」で綴った大人気エッセイ集の第2弾『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』(文藝春秋)。

 9月4日に開幕した第73期王座戦五番勝負で、藤井七冠は伊藤匠叡王の挑戦を受けている。2024年の叡王戦で敗れ、八冠独占の一角を崩された宿命の相手だ。当時のエッセイ「師匠と師匠」(2024年7月18日号)を転載する。

藤井聡太七冠(2023年) ©︎文藝春秋

(段位・肩書などは、誌面掲載時のものです)

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弟子が初タイトルを掴む喜び

 将棋界以外の師匠、いや指導者や管理職の方と話すことがある。全く別の業界なのでその違いが興味深い。

「新人がすぐに会社を辞めてしまわないよう、どう引き止めるかが課題です」

 こう話すのは、最近知り合ったとある企業の部長Aさん。なるほど指導者は大変だと考えさせられた。

 良くも悪くも将棋界は逆だ。約8割の弟子は棋士になれず、師匠が弟子に無情の宣告をしなければいけないこともある。

「君の将棋への情熱は痛いほど分かるけど、年齢制限があるから」

 自分は冷たい師匠なのか? 自問自答するが一番つらいのは弟子本人だ。

 この世界に残りたい(棋士になりたい)若者と、残らせたい師匠。だがどちらの思いも叶わない。

 その分、勝っている弟子を見るのは師匠として無条件で嬉しい。その弟子が棋士になり、タイトルを取った日にはそれはもう……。

 伊藤匠七段が叡王を獲得した翌日の6月21日、お昼の情報番組「ひるおび」では伊藤叡王の師匠、宮田利男八段がゲスト、私もオンラインで出演した。師匠だからこそ知る、子ども時代の伊藤少年のエピソードが非常に面白かった。