将棋界を牽引する若き天才、藤井聡太七冠。その師匠である杉本昌隆八段が、“最強すぎる弟子”のエピソードをはじめ、楽しくトホホな日常を「週刊文春」で綴った大人気エッセイ集の第2弾『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』(文藝春秋)。

 9月4日に開幕した第73期王座戦五番勝負で、藤井七冠は伊藤匠叡王の挑戦を受けている。2024年の叡王戦で敗れ、八冠独占の一角を崩された宿命の相手だ。当時のエッセイ「彼も人なり」(2024年7月11日号)を転載する。

藤井聡太七冠(2024年) ©︎文藝春秋

(段位・肩書などは、誌面掲載時のものです)

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「藤井聡太八冠陥落」「254日天下」負けてニュースになる存在

 彼も人なり我も人なり。

 これは、同じ人間なのだから人にできて自分にできないはずはないという意味。自分を励ましたいときに思い出す言葉だ。なお私は前半の「彼も人なり」だけを意識して使うことがある。

「あの人は機械のように精確だけど、やはり人なので」

 どんなに技術が優れた人でも疲れるし、調子が悪い日もある。当然のことだ。

 6月20日、将棋界に激震が走った。フルセットまでもつれ込んだ第9期叡王戦第5局で挑戦者の伊藤匠七段が藤井聡太叡王(八冠)に勝利。八冠の一角を崩すとともに、初タイトルの栄冠に輝いたのだ。

伊藤匠叡王(2024年) ©︎文藝春秋

 対局終了後、あらゆるメディアがこのビッグニュースを流す。

「藤井聡太八冠陥落」

「254日天下」

 このセンセーショナルな見出しは何事だ? 陥落ってあなた、政権交代や紛争の首都陥落レベルなの? 254日の天下って長いし、しかも客観的に見て今も天下だろうし……。

 藤井七冠(この肩書はまだ慣れない)はもはや負けてニュースになる存在ということ、超一流の証だ。でもタイトル戦のたった一度の失冠でこの表現はさすがに気の毒だなあ。

 なお私、毎年の公式戦では殆どを予選で陥落するが全く記事にならないぞ。