将棋界を牽引する若き天才、藤井聡太七冠。その師匠である杉本昌隆八段が、“最強すぎる弟子”のエピソードをはじめ、楽しくトホホな日常を「週刊文春」で綴った大人気エッセイ集の第2弾『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』(文藝春秋)。
その中の一篇「棋士の考える接待」(2025年2月27日号)を転載する。
(段位・肩書などは、誌面掲載時のものです)
◆◆◆
棋士が好手を指して大後悔をするとき
棋士の読みとは凄まじいものだ。相手の一手を見たその瞬間、大量の情報と画像(パターン)が頭の中に雪崩れ込む。
(ん? その一手は疑問では? よし、咎めて自分が優勢だ!)
同様に自分が指した直後もそう。指した指先を引っ込めるコンマ何秒かの間に様々な感情が怒濤のように脳裏に浮かんでくる。
(うん、これで相手は手も足も出ないはず。このまま完勝だな……)
これぞ棋士の先読み能力。我々を支える根底であり、プライドでもある。だが、ときに好手を指して大後悔をするときがある。それはこんなケースだ。
和気あいあいと交流する指し初め式
少し前の話題だが、今年の1月6日、名古屋将棋対局場で指し初め式が行われた。皆で集まってリレー将棋をするのだ。これは新年のあいさつのようなものなので、決着がつくまでは指さない。つまり、全力の勝負では全然ない。
当日は藤井聡太七冠をはじめ、地元在住の若手棋士や女流棋士がズラリと並んだ。将棋盤は4面あり、室田伊緒女流三段の隣に澤田真吾七段、その横は私、そして最後は藤井七冠が座る将棋盤がある。なぜこの配置かというと、下座側にお客様(棋戦スポンサー)が並んで座り、順番に指していくから。つまりこの日は棋士は接待役なのである。
「〇〇社です。今年もよろしくお願いします。ううむ難しい局面だ」
「こちらこそよろしくお願いします。たしかに難しいですね」
こんな感じで和気あいあいと交流する。藤井七冠も公式戦とは違い柔らかな表情だ。



