近年、#MeToo運動が世界各地に浸透していくなかで、かつて傑作とされた1本の映画がある議論を呼び始めた。ベルナルド・ベルトルッチが1972年に監督した『ラストタンゴ・イン・パリ』。パリで出会った男女が互いの名も知らぬまま衝動的に関係を持つ様を描いた映画は、過激な性描写により一部で上映禁止処分を受けるなどセンセーションを巻き起こした。マーロン・ブランドの相手役として19歳の若さで主演したマリア・シュナイダーも一躍有名になるが、彼女自身は、脚本にない性描写の場面を強引に撮影されたせいで心に傷を負い、生涯にわたり本作への出演を悔やむことになる。
ひとりの女性の人生を壊した映画と監督たちの暴力を、私たちは今どう受け止めるべきなのか。映画『タンゴの後で』は、『ラストタンゴ・イン・パリ』での体験がマリア・シュナイダーの人生にどう影響を与えたのかを見つめ、その是非を問いかける。監督は以前ベルトルッチ監督のもとでスタッフとして働いた経験を持つジェシカ・パルー。映画製作を決意したきっかけは、マリアの従妹ヴァネッサ・シュナイダーが2018年に発表した伝記との出会いだった。
「本を読んだとき、雷に打たれたような感覚を味わいました。当時子供だったヴァネッサの視点からマリアについて書かれたこの伝記には、『ラストタンゴ・イン・パリ』撮影時に監督たちから受けた仕打ちについて、マリアは50年近く前から事あるごとに訴えていたことが記されていました。ところが現在に至るまで誰も彼女の悲痛な声を聞こうとしなかった。そのことに衝撃を受けたんです。
撮影後、マリアの人生は劇的に変わってしまいました。人の視線を攻撃的に感じ他人を極端に怖がるようになった。実際、彼女は普段から不躾な視線を向けられ、ときには酷い言葉を投げかけられ唾を吐かれたこともあったそうです」
劇中では、マリアが「実際に強姦された気分だった」と語った問題の場面の撮影風景も描かれる。ただしそれは「再現」ではない。撮影現場で何が起きていたのか。マリアの目からはどんな風景が見えていたのか。新たな解釈によってあの場面を捉え直す。
「撮影が始まり、突然、48歳の大柄なマーロン・ブランドが19歳のマリアの服を無理やり脱がせ床に力ずくで押し倒す。彼女は予期せぬ行為に恐怖を感じ、涙を流し『やめて!』と叫びます。それは演技ではなく本物の叫びでした。ところが現場にいた誰も彼女を助けようとせずただ黙ってカメラを回していた。つまりスタッフたちもまた共犯者だったのです。もし監督が事前にどんな場面を撮りたいかを説明していたら、マリアは演出意図を理解し、どんな過激な描写であろうと演じる覚悟を決めたでしょう。でも監督とブランドは勝手に話し合い、彼女の許しを得ずにあの場面を撮った。私は、これは明らかにカメラの前で行われた性加害だと思います」
薬物依存に苦しみ58歳の若さで亡くなったマリアだが、その人生にはたしかに幸福な時間もあった。それを象徴するのが、ヌールという若い女性の恋人の存在だ。
「これは視線についての映画でもあります。マリアは多くの悪意ある視線に苦しめられたけれど、心優しい女性の視線によって助けられたのです」
パルー監督は映画に込めた思いをこう語る。
「ラストシーンをどう捉えるかは見た方に委ねられています。芸術の名の下ではどんなことも許されるのか。芸術の名の下で行われた暴力を、私たちはどう考えるべきなのか。観客には、そう自問自答してほしい。この映画は、私が何か特定の意見を主張するためにつくったのではありません。かつてこういうことがあったという事実の提示なのです」
Jessica Palud/1982年、パリ生まれ。若い頃から映画の撮影現場で働き始め、助監督としてソフィア・コッポラらの作品に携わる。ベルナルド・ベルトルッチ監督『ドリーマーズ』(03)ではインターンとして働いていた。2020年に初長編『Revenir』を発表。『タンゴの後で』は長編2作目。



