メアリー・シェリーが1818年に発表した『フランケンシュタイン』の人気は絶大だ。ホラー映画を始めとする様々な大衆文化にも影響力を発揮してきた。
『フランケンシュタイン』は科学を駆使して人造人間「クリーチャー」を誕生させたヴィクター・フランケンシュタインの物語だが、それ以上に死体をつなぎ合わせて作られた恐ろしい「クリーチャー」の復讐の物語として認識されている。しかし「ケアの物語」で作者はその2人の対決にとどまらない、より多様な声が響き合う“ケア実践や非暴力の力を肯定していた”作品として『フランケンシュタイン』を再考している。
注目するべきは、声を持たない人物として扱われてきたフランケンシュタイン博士の婚約者エリザベスや、トルコ人とアラブ人のミックスであるサフィーの存在を前面に押し出しているところだ。彼女たちやシェリー自身のプロフィールを起点として、本書は「戦争」「マンスプレイニング」「レイシズム」といった様々な問題に向き合うためのヒントを探っている。
「ケア」とは何か。他者を思いやり、相手が「今、ここ」で苦しんでいる問題を理解して手を差し伸べることだとするのならば、ケアは他者の言葉に耳を傾けることから始まるのだと言える。それには心を開き、他者の善性を信じて自分の柔らかい部分を相手に開示する必要がある。それは現代社会の問題をかたちづくる、力による支配や暴力とは真逆のベクトルである。
私たちは現在、イスラエルのガザ地区への攻撃によって、自己防衛や正義の名のもと、強者が弱き者、対等な関係にないものを一方的に傷つけ抑圧する様をまざまざと見せつけられている。この本の第1章のテーマは「戦争」である。著者は『フランケンシュタイン』や“愛国心”というストーリーに与しなかったヴァージニア・ウルフの掲げる「アウトサイダー協会」だけではなく、『進撃の巨人』も引用して、相手を“敵”として認識し、攻撃の根拠とする傾向がどのようにして生まれるのか解説してみせる。
『フランケンシュタイン』と今起きている様々な問題をつなぐフックとして、現代のポップカルチャーの作品を使っているのも本書の特徴だ。「論破と対話」の章では、映画『バービー』が、「マンスプレイニング」の章では、フランケンシュタイン博士的な人物によって作られた女性の“クリーチャー”のベラが知性を獲得していく『哀れなるものたち』が読者の理解を深める材料として使われている。各コンテンツが主題に対する思いがけない補助線となっていて、そこが刺激的だ。
論を急ぎ過ぎていると感じる章もあったが、それは新書というフォーマット故か。読者はここから問題の糸口を見つけ、『フランケンシュタイン』やその他の作品を手がかりに各人でそれぞれのテーマを深めていけばいいのかもしれない。
おがわきみよ/1972年和歌山県生まれ。上智大学外国語学部教授。ケンブリッジ大学政治社会学部卒業。グラスゴー大学博士課程修了(Ph.D.)。専門はロマン主義文学、および医学史。著書に『世界文学をケアで読み解く』『ケアする惑星』等。
やまさきまどか/1970年東京都生まれ。コラムニスト。著書に『優雅な読書が最高の復讐である』『ランジェリー・イン・シネマ』など。
