セクハラオヤジを毛糸で“襲撃”させた真意

 外側と内側の自分にずれがあり、生きづらさを感じている波留には、寺嶋監督自身が投影されているのではないかと問われると、

寺嶋 はい。生きづらさというと言葉が広いかもしれませんが、私はずっと自分が恵まれているという感覚があって。東京出身で、いろいろなものが揃っている環境で育ってきたのに、どこか心が落ち込んでしまったり、周りの中にうまく入れないなと感じてしまったりする瞬間に、すごく申し訳なさを感じて生きてきました。そういった感情を、作品にしてしまおうと思って作ってみました。

 映画の冒頭、スナックでアルバイトする波留に、中年男の酔客が、下品なセクハラ言動を繰り返すシーンがある。女性なら誰しも身に覚えがありそうな場面。そしてラスト間際、波留と織は、毛糸を手に中年男を“襲撃”するのだが……。予想を裏切る展開が待っていた。

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『糸の輪』

寺嶋 最初に典型的な“おじさん”を登場させた以上、彼に対して何かしらアクションを起こさないと物語が締まらないなと思っていました。最初は「お前みたいなおじさんは時代錯誤だ」といった内容のセリフを4行くらい書いていたんです。でも、何か違うなと。単純に復讐するのでなく、これまで編んできたものや、その絡まり自体を相手にぶつけて、「お前も一緒に絡めて私は生きていくんだ!」というラストシーンにしました。

 (波留と織の関係については)自分に描ける関係性がこれしかなかった、という答えになってしまうのですが、恋愛も友情もうまく描けなくて。でも、言葉としてのコミュニケーションだけじゃない、もっと身体的なコミュニケーションを取っている空間を描きたいなと思っていました。誰かと仲良くなるのってすごく難しいと思うんですけど、その恐れとか、人を知ることに踏み込む時の怖さとか、そういうものを描きたいとずっと思っています。自分が人間というものを全部はわからないし怖いけれど、そんな中でも会話だけじゃない部分で何か繋がりを持てる人が、この世界にいるのかもしれない。そういう人と出会える嬉しさや奇跡みたいなことを描きたいなと思って書きました。

『糸の輪』