中田翔の「大谷翔平評」
中田家のリビングで大谷は笑っていた。Tシャツ姿で仲間たちと卓を囲んでいる様子はまるで普通の青年のようで、他者と彼を隔てるものは見当たらなかった。初めての日本シリーズに臨む大谷は、3日後の第1戦に先発登板することが決まっていたが、いつも通り屈託がなく、やがて中田の長女とかくれんぼを始めた。
宴の夜はあっという間に過ぎていった。どのプレーヤーにとってもプロ野球人生を左右する戦いが近づいていた。談笑は時間とともに野球談義へと変わっていく。その中で、誰かが言った。
「第3戦が鍵になるような気がします」
何気ないその呟きが、ある意味での「予言」になるとは、この時はまだ誰も想像していなかった。
◇
『今となったら、もうすごい選手で、手の届かないようなところまでいっちゃってるのかもしれないですけど、僕らからすれば仲間なので。チームの他の後輩たちと変わりようがないですし、翔平自身もすごく気さくで可愛らしいところがある。会えば、今でも仲間として声が掛けられます。
ただ、やっぱり入団してきた時からヤキモチはありました。すごいポテンシャルを持った子が入ってきて、これだけ飛ばせたらいいな。負けてらんねえな、ちくしょう。すげえな、ちくしょう。そういう気持ちはありました。翔平は足も速いですから、ピッチャーもバッターも、俊足を武器にしていたタイプの選手たちも、みんなヤキモチを焼いていたと思います。その反面、あいつが投げれば、あいつが打線に入れば、もっとチームが強くなるだろうとは感じていましたし、厳しいペナントレースを一緒に戦っていると、こいつがいると心強いなという気持ちにさせられる。僕らはいい意味でヤキモチを焼きながら、翔平をリスペクトしていたんです。だから、あの場面も相手が俺で勝負に来るだろうなというのは分かっていました』
(中田翔)
マウンド上に赤いユニホームの選手たちが集まっていた。広島カープのベンチから投手コーチが出てきて、話し合いの輪をつくっている。中田翔はダグアウトから出ると、ゆっくりとした歩調でネクストバッターズサークルに向かった。白木のバットに滑り止めのスプレーを吹き付ける。これから何が起こるのか、中田にはすでに分かっていた。胸の中では怒りも恐れも、あらゆる感情が混じり合っていた。
※本記事の全文(約9000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(鈴木忠平「No time for doubt 第7回」)。「文藝春秋PLUS」では、本連載を初回から最終回まで、お読みいただけます。
出典元
【文藝春秋 目次】大座談会 保阪正康 新浪剛史 楠木建 麻田雅文 千々和泰明/日本のいちばん長い日/芥川賞発表/日枝久 独占告白10時間/中島達「国債格下げに気を付けろ」
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