劇団四季の元代表で演出家の浅利慶太さんが、7月13日に85歳で亡くなりました。およそ2年前に綴った、個性を失ってしまった現代の日本を憂えた手記を、追悼とともに掲載します。
(出典:文藝春秋2016年9月号)
今の日本を見ていると、平穏すぎて不安になることがあります。言い換えれば、社会にエネルギーが感じられない。
私たちが劇団四季を立ち上げた63年前、日本には良い意味で「対立」がありました。政治の世界では社会を引っ張って行こうとする強い勢力と、それに抗う人たちがいて、その対立がエネルギーを生み出していました。
当時、演劇界には政治的思想を前面に出す新劇人たちが大勢いて、そこに演劇という芸術本来の輝きを大切にし“人生の感動”を謳い上げる劇団四季が登場し、対立軸となりました。
しかし最近の日本を見ていると、社会は安定していますが、中性化、没個性化しているように感じます。
演劇の世界では、素質と能力に恵まれた若い役者は増えたけれど、「祈り」がない。演劇を愛し、芝居に全身全霊で魂を注ぎ込むというより、職業として役者を選んでいるのかもしれません。
一人ひとりの個性が強いほど対立や摩擦は生じますが、無個性で安定しているところに対立は起きません。その代わりにエネルギーも生まれてきません。
「対立」といっても、私は戦争を肯定するつもりはありません。空襲、疎開を経験し、東京の焼け野原を目の当たりにした者として、戦争を恐れる気持ちは誰よりも強い。