ありきたりすぎる発想
飯村穣に関しては、本が何冊か出ています。総力戦研究所メンバーのOBの会があって、もう皆さん亡くなっていますけれども、ご存命時の手記や証言も残されています。それらのどこにも、“最大の壁”だったという趣旨の記述はありません。
猪瀬さんの本を原案にしたと言うのなら、NHKの制作陣も脚本・編集・演出の石井裕也氏も、細部まで読み込んだはずです。この本には、模擬内閣で大蔵大臣役を担当した今泉兼寛さん(当時、大蔵省主税局事務官)の〈演習中、模擬内閣の結論を押さえ込もうという素振りが飯村所長になかった〉という証言も引かれています。
模擬内閣の首相役に選ばれた若者を主人公に据え、頑迷で姑息な軍人の上司を敵役に配すれば、ストーリーは盛り上げやすいし視聴率も取りやすいと考えたのでしょうか。ありきたりすぎる発想です。
これはきちんと話をしなければと考えてNHKに連絡を入れ、親族としては受け入れがたいと伝えました。すると7月25日、NHKスペシャルの制作担当の方2名とNHKエンタープライズの担当者が押っ取り刀で我が家へ来られ、交渉が始まりました。
昭和天皇が登場し、近衛文麿や東條英機、軍務局長の武藤章まで実名なのに、なぜ総力戦研究所の関係者だけ仮名なのか。NHKは、こうしておけば、いくらでも作り話を盛り込めるだろうと考えたのでしょう。
「それはあなたたち、頭隠して尻隠さずですよ」
と申しました。総力戦研究所の初代所長と言えば歴史上、飯村穣しかいないからです。ですから、こう提案しました。
「総力戦研究所という実在の名前を使わずに、国策研究所とか架空の名称にしたら、あなたたちは自由になれるんじゃないですか」
※本記事の全文(約7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と、「文藝春秋」2025年10月号に掲載されています(飯村豊「終戦80年 NHKスペシャルは歴史の冒瀆だ 総力戦研究所所長の孫が怒りの告発」)。
・的中した未来予想
・幻の机上演習
・NHKにお願いしたこと
・小手先だったNHKの対応
・歴史をエンタメ化していいのか
