「あんぱん」のキービジュアル、「やなせたかしと三越~3頭のライオンとの出会い~」展のプレスリリースより

TVアニメが始まると、原作絵本も飛ぶように売れ、やなせは71歳で日本漫画家協会大賞を受賞。元東京都知事で小説家、「いじわるばあさん」の演者でもある青島幸男から「やなせさん、遅すぎたね」と言われたという。

「あんぱん」は、やなせたかしとその妻・暢(のぶ)をモデルに、嵩・のぶ夫婦が支えあう姿を描いてきたが、ドラマはフィクションだと断り書きしているとおり、すべての展開が史実に即しているわけではない。

2013年まで生き、94歳の天寿をまっとうしたやなせはいくつかの自伝、エッセイを遺しているが、その中でも遺言のつもりで書いたという『アンパンマンの遺書』(1995年、岩波現代文庫)が、最もストレートに人生の喜怒哀楽について語っている。戦前から平成までの時代を駆け抜けた数々のエピソードは、「あんぱん」では描かれなかったことも多い。

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「あんぱん」では描かれなかった熱愛時代

特に「あんぱん」では、嵩とのぶが故郷の高知県で出会った幼なじみという設定なので、実際には大人になってから高知新聞社の同僚として知り合った、やなせとその妻となる小松暢との恋愛とは、かなりちがう。同じ雑誌の編集部にいたり、東京出張に行った際にやなせが食あたりになってのぶに看病されたりしたというエピソードはドラマにも反映されていたが、実際には、2人が付き合うかどうかという段階では暢のほうが積極的だった。

『アンパンマンの遺書』で最も印象的な場面は、やなせとふたりで取材帰りに夜の街を歩いているとき、暢が「やなせさんの赤ちゃんが産みたい」と言ったところ。暢の性格がよくわかる情熱的な告白で、ぜひここもドラマで再現してほしかったと思う。

やなせは暢の告白を「殺し文句」「必殺のひと言」と書き、そこで恋情が燃え上がって彼女にキスをしたという。戦争で召集され無事に戻ってきたやなせと、戦争で最初の夫を亡くした暢。暗い時代を生き抜いた男女が激しい恋に落ちたとしても、なんの不思議もない。2人は結婚を決意し、やなせも「ぼくは結婚してからが青春のような気がする」と書いている。