なぜひらがなの「あんぱんまん」にしたのか

「あんぱん」で描かれるように、やなせはアンパンマンを人気が出なくても書き続けた。1973年にひらがなタイトルの絵本「あんぱんまん」を出すと、「大悪評」で、出版社からは「これ一冊で、もう描かないでください」と言われ、幼稚園の先生からも「顔を食べさせるなんて残酷」とクレームがきたという(『人生なんて夢だけど』フレーベル館)。

ぼくだけはいつまでも熱烈な君のファンだよ。誰もよろこばなくても、編集者が反対しても、ぼくは君の物語をかきつづけるよ。
(『熱血メルヘン 怪傑アンパンマン』1977年、フレーベル館)

ひらがなタイトルにしたのは幼児向けだからという出版社の判断で、やなせの本意ではなく、子どもの頃に見たパン屋の看板はカタカナのパンでそのイメージが強かったため、すぐカタカナに改題した。

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やなせの自伝に、妻の暢もアンパンマンにこだわっていたという記述はないが、「あんぱん」では、のぶの実家が「朝田パン」というパン屋を開いており、のぶや嵩はアンパンが大好物だったという設定になっている。そんな幸福な子供時代の記憶にアンパンが結びついたという展開は、ドラマならではだ。

そして、ドラマで描かれているとおり、やなせは戦争中と戦後で価値観がひっくり返るような経験をしたからこそ、「おなかがすいている人を救う」アンパンマンに正義を見いだした。

いずみたくのミュージカル化で気づいたこと

その後、アンパンマンの絵本は幼児の間でジワジワと人気が広がり、やなせが「手のひらを太陽に」で組んだ作曲家いずみたく(「あんぱん」では大森元貴が演じる、いせたくや)がミュージカル化(この舞台は大人向けだった)。その舞台を見て、やなせたかしは初期のアンパンマンに足りないものに気づく。

ぼくは「そうか、アレが欠けているんだ」と気づきました。悪役が普通の人間で、アンパンマンの相手役としてはパンチが不足していたのです。
さて、悪役をどうする?
(『人生なんて夢だけど』フレーベル館)