カルバン・クラインの下着のキャンペーンの先駆となったのが、発売開始の1982年に写真家のブルース・ウェーバーが撮影した写真を用いたものです。当時棒高跳びの選手として活躍し、後にロサンゼルスオリンピックにブラジル代表で出場したトム・ヒントナウスがモデルになった写真がマンハッタンのタイムズスクエアに掲出されて大きな反響を呼び、以前はほとんど無名だったモデルと写真家はこのキャンペーンを通して一躍有名になりました【※2】。
“男性を性的な対象とした”キャンペーンがウケた時代背景
このキャンペーンが大きな反響を呼んだのは、卓越したモデルの身体描写によるものです。写真はギリシアのリゾート地、サントリーニ島で撮影され、ヒントナウスは瞼を閉じてたたずみ、ギリシア彫刻のように美しい身体は燦々と降り注ぐ光を受けて輝いています。白いブリーフ一枚だけを身に着け、股間の下から見上げるような角度で捉えられ、エロティックな様相を帯びています。
パンツをただの日用的な衣類としてではなく、かっこよさや性的な魅力を象徴するものとして扱い、男性を性的な対象として描き出した図像を公共空間で大型広告として掲出すること自体が当時としては画期的でした。
1980年代はフィットネスやエクササイズがブームになり、パワースーツと呼ばれるビッグシルエットのスーツが、大都市の金融業界やビジネス界で働く若いエリート男性、ヤッピー(young urban professionalの略)たちから経済的な成功やステータスを誇示するスタイルとして持てはやされた時代です。男性の身体の筋肉と性的な魅力を誇示するカルバン・クラインのキャンペーンが大きな反響を呼んだ背景には、このような社会状況がありました。
1985年に公開されたSF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』には、カルバン・クラインのロゴ入りパンツの登場が、当時いかに時代を画すものだったのかを物語るシーンがあります。
主人公の高校生マーティは発明家ドクが作ったタイムマシーンに乗って1985年から1955年にタイムスリップしますが、車にはねられて気を失い、当時高校生だった自身の母親に介抱されます。ベッドで目覚めたマーティはTシャツとパンツ姿で母親に対面し、彼が穿いていたカルバン・クラインのパンツを見た母親が「あなたの名前はカルバン・クラインなのね」と言い、マーティが否定しても「カルバン」と呼びかけられ、母親が自分に惚れていることに気づいて動揺するのです。将来自分の母親になるはずの若い女性にパンツ姿を見られ、勘違いされることの恥ずかしさといたたまれなさとともに、30年という時代のギャップを描き出す秀逸なシーンです。
