企業広告の性差別的な表現が批判を浴び“炎上”した事例は数えきれない。しかし対象となるのは、ルッキズムや性的消費などをはじめ、女性に関する表現ばかりだ。広告で男性がどう描かれてきたかは、これまで取り上げられる機会が少なかった。
ここでは、広告のジェンダー表現について長年分析を続けている小林美香氏の『その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地』(アサヒ新書)より一部を抜粋して紹介する。
ここ数年、街を歩けばすぐに見つけることができる大谷翔平選手の広告。その表現にじっくり目を向けてみれば、私たち日本人が大谷に何を求めているか、見えてくるかもしれない……。(全4回の3回目/続きを読む)
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「大谷翔平崇拝」を分析する
近年、卓越した能力を持ち注目を集める男性として、アメリカでメジャーリーガーとして活躍する大谷翔平選手に並ぶ人はいないでしょう。メディアで大谷の名前を目にしない日はないほどで、試合での輝かしい功績のみならず私生活も含めて注目されています。
多種多様な企業の広告にイメージキャラクターとして起用され、それによって生み出される経済効果や消費者からの反響がマーケティング分析の対象になり、ビジネスパーソン向けの雑誌『DIME』では「伝説の1年をデータで振り返る! 大谷SHO費〈超〉研究」と題した特集が組まれ、大谷を広告に起用したことでどれだけの宣伝効果があったのかが分析されています【※1】。数多ある広告の中でも、美容広告の文脈で筆者が非常に強いインパクトを受けたのが化粧品メーカー、コーセーのプレステージ(高価格帯)ブランド、コスメデコルテのキャンペーンです【※2】。
このキャンペーンは動画広告をはじめさまざまな媒体で大々的に展開され、都市部の主要駅近辺やデパートで大がかりな特設ディスプレイを設置した販促活動も行われて、話題を呼びました【※3】。
クリスマス商戦展開中の2023年の年末、JR池袋駅構内の地下通路を歩いていた筆者の視界に入ってきたのは、柱に設置された複数のデジタルサイネージの画面いっぱいに繰り返し映し出された大谷の顔でした。黒いタートルネックを着用して顔だけがくっきりと浮かび上がり、毛穴がすべて消失したかのような滑らかな肌は光り輝き、顔はほぼ正面の角度で真っ直ぐ前を見つめています。
「肌を整える。それは自分と向き合うこと。」というキャッチコピーとロゴ、画面の右下には美容液のボトルが内側から光り輝いて濃紺の背景に浮かび上がり、神託のようなキャッチコピーも相まって、聖像(イコン)のような荘厳ささえ感じられました。さらに続く2024年には「超えたい自分がいる限り。」というキャッチコピーが添えられ、さらなる高みを目指して挑戦を続ける大谷に重ねあわせたブランドメッセージが打ち出されました。
