――だからこそ、敵役(ヴィラン)である中山九兵衛(右近の仇敵)は、完璧な「スーパーマン」として描かれているのですね。
井原 確かに。だから、私の描く主人公は、みんな問題児ばかりなんです(笑)。
――右近は、主君への愛情と、両親を死に追いやった仇への復讐心という、一見矛盾した感情を抱えています。
井原 そうなんです。でも、人間ってそういうものじゃないですか。理屈では割り切れない感情がぶつかり合い、葛藤することで、キャラクターに深みが生まれる。ただ、小説の中でその矛盾をそのまま描くと、読者は「あれ?」と戸惑ってしまうかもしれない。だから、主人公自身に「俺は矛盾してるよな」と悩ませる。その葛藤を描くことで、読者の方も共感し、物語の毒気が抜けていくと思うんです。
――右近を支える2人の家来、榛名大吉と権蔵とのコミカルなやり取りも、物語の中で良いアクセントになっていますね。
井原 彼らも右近の成長に必要な存在なんです。身分の下の者たちから突っ込みを入れられたり、慕われたりする中で、閉ざしていた彼の心が少しずつ開かれていく。右近が人間性を取り戻していくんです。生まれながらの異端児ではなく、境遇によって作られた「変人」が、人との関わりの中で本来の自分に帰っていく。これは、病理がほぐれていく「回復」の物語でもあると思っているんですよ。(第3回へつづく)
井原忠政(いはら・ただまさ)
2000年、「連弾・デュオ」で第25回城戸賞に入選し、経塚丸雄名義で脚本家デビュー。主な作品に『鴨川ホルモー』『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-』などがある。16年、『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』(経塚丸雄名義)で時代小説家デビューし、翌年に同作で第6回歴史時代作家クラブ賞新人賞受賞。20年、井原忠政名義で「三河雑兵心得」シリーズを刊行開始。同シリーズで『この時代小説がすごい! 2022年版』文庫書き下ろし編第1位獲得、日本ど真ん中書店大賞2023を受賞。22年、「北近江合戦心得」シリーズを刊行開始。25年、原作とシナリオを担当した『羆撃ちのサムライ』(作画・本庄敬)が第54回日本漫画家協会賞のまんが王国・土佐賞を受賞。他の著書に「うつけ屋敷の旗本大家」シリーズ、「人撃ち稼業」シリーズがある。
