教皇は思いがけない人物が選ばれる

――教皇選挙で有力視されていた人物ではなく「予想外の人」が選ばれるのは珍しくないのですか? 「予想外」の選出が結果的には必然だった、という分析が本書でもなされていますね。

山本 「教皇としてコンクラーベに入る者は枢機卿として出てくる」という格言があります。あらかじめ有力視されている人は選ばれにくく、むしろ思いがけない人が選ばれるのは教皇選挙ではよくあることです。その意味で、映画も現実も「予想外の人が予想通り選ばれた」と言えるでしょう。

 思いがけない人が選ばれて、それが全く頓珍漢な選択だったということではあまり面白くないわけですが、選ばれてみれば、今の教会や世界の課題に応える人物はこの人しかいなかった、と後から分かる。そうした必然性が見えてくるのが面白いところです。

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――フランシスコが一番最後に会われた人がアメリカのヴァンス副大統領だったとか、フランシスコの葬儀の時にゼレンスキーとトランプが会談している様子が報道されたりとか、アメリカを軸に世の中が混沌としている中で、アメリカ人の教皇が選ばれるというのも実際驚きだったわけですが、それも何か現実への批評的な視座に貫かれているように感じられるところがありました。

山本 そうですね。今回、アメリカ人が教皇として選ばれたということに関して、アメリカ人だということを強調しすぎないで受け止める方が良いと思っています。様々な課題に対応しうる人物を求めたら、それが結果的にアメリカ人だったというように理解したほうがよいでしょう。と同時に、アメリカを軸とした世界政治への対応という観点からのみ選ばれたのではない人物が、結果的にはその問題にも絶妙に対応しうる人物であったということが面白いところかなと思います。

「読まないのは、もったいない」という思いが執筆の原動力に

――さて、ここからは好評発売中の山本芳久さんのご著書『ローマ教皇 伝統と革新のダイナミズム』について伺います。本書のあとがきで「こんな短期間で書き上げたのは初めて」と書かれていたのが印象的でした。

山本 私は普段、700年以上前の人物であるトマス・アクィナスなどを研究していますので、時事的な動きに合わせて書くことはほとんどありません。今回はフランシスコの死去からレオ14世が選ばれるまでの流れを毎日丹念に追ったり、またレオ14世が選ばれてから公式に発せられる演説をすべて読んだりしながら、現実の展開に合わせて執筆するという、これまでにない経験でした。非常にエキサイティングな時間だったと思います。

 私が学部時代にお世話になった哲学者・坂部恵先生が、様々な本をご紹介してくださるときに、ある本について「この本を読まないのは、とてももったいないことだ」という言い方をいつもされていました。その言葉が私の心に強く残っていて、今回の執筆の一つの原動力にもなりました。いま、日本では教皇が出す文書に触れたことがある人はほとんどいないと思います。ですが実際に読んでみると、現実を深く理解する助けとなる言葉や、信仰を超えて響いてくる言葉が多く含まれています。

 教皇への関心が高まるこの機会に、歴代の教皇が発してきた言葉に触れてほしい。「教皇の言葉に全く触れずに人生を終えてしまうのはもったいない」という思いを強く持ったことが、本書執筆の直接のきっかけでした。

トマス・アクィナスの研究者、山本芳久さん