現場に着くまでの車窓の景色を見ながら気になっていたのだが、私や赤石が住んでいる標津と違って標茶の地形は起伏に富んでいる。牧草地でありながら、まるで登山をしているかのような傾斜地さえ存在する。これは、牧草地の中に数多くの「死角」が存在することを意味する。唯一、起伏がなく平坦な場所である釧路湿原にしても、ヨシが密生しており、違う意味での「死角」を作り出している。
こういう土地で一匹のヒグマを探し出すことの困難さを改めて痛感する。
OSO18をめぐる大きな謎
<OSO18 捕獲対応推進本部会議>
11月16日、標茶町開発センターの大会議室の入口ドアの脇に、そう書かれた紙が掲げられた。
この会議は先日、我々のNPO事務所を訪れた釧路総合振興局の井戸井らの呼び掛けによるもので、牛の連続殺傷事件に対する広域的な体制作りと捕獲に向けての方向性を探る重要な会議であった。
集められたマスク姿の男たちは、テーブルの上の資料をめくったり、腕組みして目を閉じたり、思い思いの格好で会議が始まるのを待っていた。
出席者はOSOによる被害が集中している標茶町と厚岸町の役場関係者と、両町の猟友会や農協の関係者が中心である。
さらにオブザーバー(助言者)として、公益財団法人「知床財団」から石名坂豪、「ヒグマの会」から山中正実、独立行政法人「北海道立総合研究機構」自然環境部から釣賀一二三という日本におけるヒグマ問題のスペシャリストたちも出席している。NPO法人「南知床・ヒグマ情報センター」からは私と、事務局長の黒渕、赤石が参加した。
まだ新型コロナウイルスが猛威を振るっている中で、慎重に「三密対策」をとりながら、これだけの人数が一堂に集められたところに事態の深刻さが表れている。
従来のヒグマ対策は、被害のあった自治体が中心となって、それぞれの地区での捕獲を試みていたが、この会議では、関係機関が横断的に一体となり、OSO捕獲に向けた取り組みをしていくことが前提となっている。
会議冒頭では、標茶町の宮澤匠係長と厚岸町の古賀栄哲係長から過去の被害現場、また実施してきた捕獲の取組みが報告された。
ここで報告された情報のポイントは大まかにいって以下の2点だった。
・OSO18は常に移動しながら、次から次へと場所を変えて襲撃をしている。そのため捕獲が難航している。
・死亡した牛と同じくらい負傷した牛がいる。つまり「死亡率」は半分程度である。
この2点目については私も気になっていた。
例えば2021年7月1日、標茶町茶安別の牧野で6頭の牛が襲われたケースでは、牛はいずれも負傷したものの、一頭も死んでいない。また食害の痕跡もなかった。
食べるために牛を殺すのなら、まだわかる。だが、襲っておいて食べていないのは、なぜなのか。襲われた牧場の関係者の中には「まるでハンティングを楽しんでいるようだ」という感想を漏らした方もいたが、そんなクマはこれまで聞いたこともない。
なぜ牛を襲ったのに、食べていないのか──これはひとつ「大きな謎」だった。
