ヒグマが檻で捕獲されたのは、現場から車で走ること20分のところにある標茶町オソベツだった。そう、“最初の事件”が起きた場所である。しかもクマが捕獲されたのは、最初の事件現場となった放牧地に設置された檻であった。
一般的に夏場の時期は、木々の葉が生い茂り見通しがきかないため、クマを銃で追跡するのは安全上、好ましくない。従って誘因餌(エサ)と捕獲檻を使用するのが北海道内では主流であり、最初の被害があった場所の周辺にも檻を設置していたのだろう。
檻の周囲では、数ヘクタールに及ぶデントコーン(飼料用トウモロコシ)の作付けが行われている。その背丈は、ゆうに我々の身長を超え、見通しはまったくきかない。
そのデントコーン畑の反対側の放牧地に置かれた檻の中に確かにクマが入っていた。すでに銃によって「トメ(とどめ)」を刺された後だった。
体重は80kgくらいだろうか。どう見ても先ほど現場検証した上茶安別の牧場で見つけた“犯人”の足跡の持ち主としては、小さすぎる。
赤石は現場を見るなり「こんなやり方してたら、獲れないべや」と言った。
赤石がまず指摘したのは檻の設置場所の問題だった。
檻は開けた放牧地の真ん中にポツンと置かれていたのである。これだと実際に檻に入っていたような経験の浅い若グマならともかく、ちょっとでも警戒心の強いクマは近づきもしないはずだ。
捕獲檻の問題点
さらに問題なのは、檻が小さすぎることだった。
我々のNPOでは通常、幅90cm、奥行き3.3m、高さ90cmの檻を使用しているが、このとき標茶町で設置されていた檻は、幅1.5m、奥行き1.5m、高さ1.8mというサイズだった。
これでは檻の高さが高く、奥行きが短すぎる。捕獲檻を使用する場合、「クマを檻に入れる」だけではダメで「クマを檻の一番奥に誘い込む」ことが重要になるからだ。
オソベツの檻の奥側と左右には、捕まったクマが檻の外から中のエサをとろうと地面を掘り返した痕跡が何カ所もあった。これは一般的にクマがよく行う行動だが、それでもエサをとれなかった場合に、クマは仕方なく入口に身体を入れる。
そして体を伏せるようにして奥のエサへと精一杯手を伸ばすのだ。
今回捕まったような小さなクマであれば、奥まで手が届かないので、身体全部を檻の中に入れざるを得なくなり、その瞬間、入口の扉が閉まる。だが、これより大きいクマになると、身体の後ろ半分を檻の外に出したまま、手を伸ばせば奥のエサに届いてしまう。
仮に扉が作動したとしてもクマの身体の後ろ部分に引っかかるから、驚いたクマはそのまま後退りし、逃げることができる。
そういう経験をしたクマがその後、檻に近寄ることはまずない。
体高1m、体長2mの成獣のクマだと、伏せて手足を伸ばしただけで3mになる。
だから檻の奥行は、最低でも3m以上は必要なのだ。
もっともこうしたことは、我々が赤石を中心として、これまで50頭以上のヒグマを檻で捕獲してきた中で熟成させてきたノウハウであり、技術でもある。
標茶町のようにこれまでほとんど捕獲実績のない地域であれば、捕獲檻の使用に慣れていないのも無理はない。
聞けば、周囲のデントコーン畑では、このところ毎年のようにヒグマによる被害が多発しているという。農家の方もその食害は仕方ないと半ば諦めていたが、捕獲檻の置き方などを改善すれば、効果はあがるはずだ。
そこで我々は、捕獲作業終了後に標茶町役場の職員に対して檻の設置方法、檻の仕様、誘因餌の設置方法等を細かくアドバイスした。
