ウナギは「食材」としては日本人になじみの深い存在だが、必ずしもその生態が正確に理解されているとは言いがたい。ニホンウナギの生態研究を行っている中央大学法学部准教授の海部健三氏が、ウナギにまつわる世の誤解を正す。
〈ウナギ学者の警告「もはやニホンウナギは安定供給できる魚ではありません」〉から続く。
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Q)完全養殖技術が実用化したら、ウナギの絶滅は遠のく?
2010年、水産総合研究センター増養殖研究所(現在の水産研究・教育機構増養殖研究所)は、世界で初めてウナギの完全養殖に成功しました。いま、商業化に向けた研究が進んでいますが、実用化されればシラスウナギが激減している状況は大きく改善されるのではないでしょうか。
A)問題の根本的な解決にはなりません。
研究の進展の速度からすれば、今後10~20年の間に流通が始まってもおかしくないとは思います。ただ、完全養殖ウナギの流通が始まったらニホンウナギの減少が止まるかといえば、止まらないでしょう。
わかりやすい例がマグロの養殖です。クロマグロの人工種苗(人工的に生産された稚魚)の生産に成功してから時間が経ちましたし、商品が市場に出回っていますが、そのせいでクロマグロの漁獲量が減少し、資源が回復したというニュースは聞きません。人工種苗は天然種苗よりも生残率、成長率で劣るために、コストパフォーマンスの面で人工種苗は天然種苗に勝てないのです。
さらに、ウナギの場合は売値で勝つことも困難です。シラスウナギが1匹500円で売買されているとして、完全養殖技術が進み、同じように1匹500円で提供できることになった状態を考えてみましょう。同じ値段ならば、養殖業者は天然ものを買うでしょう。そのほうが生き残る確率が高く、歩留まりが期待できるからです。では、人工種苗がさらに頑張って売価を落としてきたらどうなるでしょうか。今度は天然のシラスウナギの価格が安くなるでしょう。シラスウナギは、捕獲するための魚網や漁船などの特別の設備が必要ないので、価格を抑えられるからです。キロ数百万円まで価格が高騰していたのはごく最近のことであり、以前はキロ数十万円で、普通に取引されていたのですから、安い人工種苗が登場すれば、価格競争の結果天然種苗の値段は下がります。
人工種苗は、天然種苗の漁獲量を厳しく制限した時の「補てん」として大きく役立つでしょう。ただし、人工種苗が成功したらすべて解決するというような、単純な話ではない。それは、あまりにも社会経済の動きを無視したバラ色の想像ではないかと思います。
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Q)高いウナギを食べれば、密漁や密輸されたウナギは避けられる?
高級なウナギ専門店や小売店は、ウナギの仕入れ経路が明確なので、密漁や密輸された「違法ウナギ」は消費者の意思で避けることが可能なのではないでしょうか。
A)ウナギの値段と合法性には何の関連もありません。
国内の密漁や無報告漁獲と合わせると、2015年漁期に国内の養殖池に入れられたシラスウナギ18.3トンのうち、約7割にあたる12.6トンが、密輸、密漁、無報告漁獲など違法行為を経ていると考えられます。2017年漁期でも6割以上のシラスウナギが、何らかの違法行為に関わって流通しています。
これら違法行為を経たウナギと、そうでないウナギは養殖場で混じり合い、出荷される段階では業者でも判別できません。このため、老舗の蒲焼き店でもチェーンの牛丼店でも、あるいは高級デパートでも近所のコンビニでも、国産の養殖ウナギであれば、同じように高い確率で違法行為を経ているウナギに出会うことになります。安いから密漁された可能性が高いとか、高いお店だから違法行為の関わっているウナギが少ない、という事実はありません。