「結婚すると控えめになる女性」の心の叫び
「はちきんおのぶ」の変化の意図を、脚本家の中園ミホはこう語っている。
「みんな、なりたいものを夢見ていたけれど、結局、結婚して、夫や子どもを支える人になってしまいます。同窓会に出ると、皆さん、そんなことを口々に言うんですよ。真面目に一生懸命生きてきた人ばっかりなのに。そんな女性たちの心の叫びをちゃんと描きたいと思ってのぶにそのセリフを言わせました」
(出典:ダイヤモンド・オンライン『「こんなはずじゃなかった」女性たちへ――中園ミホが『あんぱん』に込めた思い』2025年8月22日)
言われてみれば、学生時代も就職先でも才気煥発だったのが、結婚すると(とくにさらに才能のある伴侶を得ると)控えめになる女性はいる。もっと目立った活躍ができそうな優秀な女性がなぜかほんの一歩夫より引いて見えることがあり、『あんぱん』ののぶはまさにそういうキャラに設定されていた。
夫を支える妻が主役の朝ドラはこれまでもいくつもあった。『ゲゲゲの女房』『ごちそうさん』『まんぷく』などの主人公は男性と肩を並べて社会進出することを選択せず、家庭を守って夫を支え、子どもを育てることに情熱を注ぐ。
のぶの場合、教師→新聞記者→代議士秘書と職能を活かして男性と肩を並べて活躍する可能性のある仕事を選びながら、その仕事をことごとくフェードアウトしていく。これはのぶのモデルの暢に倣ったものだ。ただ、教師だけがドラマのオリジナル設定になっている。暢は結婚後、嵩のモデルであるやなせたかしを支えながら、お茶の先生をやったり、山登りを趣味にしたりしていたそうで、公の場にはほとんど顔を出さなかったという。
やなせたかしの妻・暢の記録はほぼ残っていなかった。その分、自由に描けそうなものだが、ドラマ的には教師や新聞記者や代議士秘書として活躍した主人公のお仕事ドラマのような創作は選択されなかった。それなりに才媛で、記録に残った写真ではおしゃれな美しい人がモデルである。でも決して目立たず奥に引っ込む主人公を描くというなかなか難しいところにチャレンジした朝ドラが『あんぱん』だった。
家事が得意というような属性もつけず、やなせと暢に子どもがいなかったこともあり子育てに奮闘することなく、ただただそこにいるだけで嵩を励ます存在となった。当初、一般人気のなかった『アンパンマン』を誰よりも愛し、子どもたちに読み聞かせを行った、「はちきん」のまっすぐ熱い性分が『アンパンマン』の理念の伝導に生かされるようになるのだ。
どうしたってやなせたかしのエピソードが豊富過ぎるため、嵩を主人公にした物語を見たいと思ってしまう視聴者も少なくないなかで今田美桜は健闘したと思う。ともすれば、ほかの強烈な登場人物たちに埋もれてしまうおそれもある役だ。のぶも危うく埋もれかかりそうなときもあったが、彼女はつねに輝きを失わず、光を放ち続けていた。泣いても怒っても迷っても決して曇らず輝きを放ち続ける太陽のような顔(かんばせ)をキープし続けた。




