以前は多くの人が恋愛そのものを目的として、最高のハッピーエンドを目指すことこそが理想とされていた気がします。いまはパートナーをつくるにしても、それぞれがどうしたら幸せに暮らせるかとか、将来ふたりでどう生きていくかみたいな、現実的な話が先に立つようなところがあるように思えます。まさか恋愛というものの優先度がこんなに落ちるなんて、想像もしていませんでした。びっくりしてしまいます」

好きな相手を本気で傷つけたくなったときの激しさ

「久乃って体温低いな」

「やっぱりそう? 逆に私は綸の身体って熱いなって思った」(『激しく煌めく短い命』より)

「恋愛至上主義」が幅を利かせていた時代は、すっかり過ぎ去ったというわけだ。そんな現代において恋愛を、しかも女性同士のそれに主軸を置いて、小説を書き上げたのはなぜだったか。

綿矢りささんの新刊『激しく煌めく短い命』(文藝春秋)

「女性同士の恋愛については読むのも書くのも好きで、自分としてはこれまで『ひらいて』『生のみ生のままで』といった作品で、そのあたりのことを取り上げてきました。今回は、心に弱い部分のある女性ふたりが、真正面からぶつかり合って喧嘩する様子を、ちゃんと書きたいという動機がまずはありました。

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 本当に好きな相手を、愛憎入り混じって本気で傷つけたいとなったとき、どういう激しさが表れるのか見てみたかった。それをやるには異性の恋人同士じゃうまくいかない気がして、女性同士の恋愛関係にあるふたりでなら書けるんじゃないかと考えて始めたものです。

 結果、自分の意図したことについては、思い残すところのないくらいまで書けて、満足しています。ただ、女性同士の恋愛の行く末までは、自分のなかで予測ができず、まだ書き足りなかったように感じています。作中で恋愛をするふたり、悠木久乃と朱村綸は、最終的に強く生きていく決心をするものの、私が書けたのはそこまでです。未来へ向けた行動を、はっきり提示するところまでは及びませんでした」

 

この先の社会がどうなっていくか、まだ見通せなかった

 その背景にあるのは、現代社会に感じる“壁”だった。

「恋愛のさまざまなかたちについては、ちゃんと考えていったほうがいいテーマだと感じてはいるのですが、この先の社会がどうなっていくか見通せる力もまだ自分にはないとはっきり感じます。同性同士で結婚できる法律が整備されていなかったりと、社会に壁があることはわかっていて、そういった壁がなくなって未来がもっとよくなればいいという気持ちだけはあるのですが」