『探偵物語』『野獣死すべし』を手がけた脚本家・丸山昇一。出会う前は「好きな俳優ではなかった」という松田優作との濃厚な関わりについて、こう振り返る。

「一緒に死んでもいいほど惚れていた。殺意を抱くほど憎かった」

 ここでは、丸山氏が松田優作との出会いから永遠の別れまで10年余の日々を綴った『生きている松田優作』(集英社インターナショナル)から一部を抜粋して紹介する。

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 松田優作主演のドラマ『探偵物語』製作前の会議に参加したものの「売りはハードボイルド」と聞き、自身の作風とは違うと感じた丸山氏。その思いとは裏腹に、運命を変える出会いはすぐそこまで近づいていた――。(全4回の1回目/続きを読む

『生きている松田優作』(集英社インターナショナル)

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「女子供に飽きられるって優作が言うんだよな」

「優作の、探偵のやつだけど、君も1本書いてみるか」

 黒澤満からの電話。

 あの会議から2ヶ月は経過したか。予期した通りなんの音沙汰もなかった。プロの脚本家をめざす自分の人生で、あの会議に出席したことが一番のピークで最大のチャンスだったのかも。

 しょうがない、自分に才能がないというより、縁がなかった。そう我が身に思いこませて、本当はかなり悔しく落ちこんだ数日間を胸のどこかに仕舞いこみ、食い扶持のフリーランスの仕事に打ちこみ、新たなルートで売りこみをかけるオリジナル脚本の構想を練りはじめたところだった。

「あんまりハードなことばっかりやってると、テレビ観てる女子供に飽きられるって優作が言うんだよな」

「もう何本か脚本できてるんですか」

「うん。佐治さんの脚本(ホン)とかどれも本格的なミステリアクションで日本テレビも乗ってるいいのができてきた。その準備稿を優作が見せろって言うから読ませてるんだけど。ちょっとソフトなのも視野に入れるかって話になってさ。オレは丸山君の持ち味、ユーモアと軽みがうまく出たら、うまく出せたらだよ、ハードなところもきちんと押さえて、それはそれで面白い探偵モノになるかな、と。逆の結果になるかもしれんが、とりあえず書いてみないか」

 あくまでソフトタイプの番外編、その候補の一作という扱いで、書けば採用する確約は今回も担保できないと黒澤は率直に言う。

 これは、……。

 どういう類の風かはわからないが、風向きが変わってきた。敗者復活戦。オーバーか。ともかくハードボイルド一辺倒でなく、ハートフルなことも取りいれたらという優作のこだわり。

 優作に対して初めて親近感を持った。そのことも追い風になり、いそいそと東銀座のオフィスに向かう。

 オフィスは、東映芸能ビデオの広大なワンフロアの一角にある。

『探偵物語』。脚本担当プロデューサーの伊藤亮爾、制作現場統括プロデューサーの紫垣達郎、日本テレビの山口剛。この3名と、執筆が決まっている脚本家たちが、既に各人が用意したプロットや構想メモを基に入れ替わり立ち替わりで打ち合わせしていた。

 聞いていると、もともとのハードボイルドタッチの路線は変わらないが、優作が言い出したソフトな感覚も入れるという、その解釈と度合いが、脚本を発注する側も、受けて執筆する側もなかなか決めがたく、かなり混乱している印象を受ける。