日活全盛期は日本有数の規模を誇るスタジオだったらしいが、今は敷地のかなりの部分が売却され、団地となっている。奥まった所もまだ一部取り壊し中で、鉄筋やコンクリの瓦礫が積まれ、2階建ての古い作業棟から洩れるかすかな灯りだけの、ほぼ闇。
スウェットの上下を着た優作が、そこにいる。何かブツブツ呟いている。
「家族は、いるのか」
「女房こどもいるのか」
「女房、いるんだろ」
伊藤に聞くと、今は『蘇える金狼』の撮影中で、衣裳合わせかリハーサルの合間。呟いているセリフは脚本にはないはずだから優作が考えたアドリブ、いくつも微妙に変えて自分で感触を試しているのだという。
前に会った時は、『乱れからくり』の撮影中だった。東宝系で4月から公開されている。あのあと、東映セントラルフィルム製作で『俺達に墓はない』の撮影に入り既に撮了、この5月に公開される。
『蘇える金狼』は東映セントラルが製作協力に名を連ねているが、優作としては『人間の証明』以来の角川映画。8月に公開され、9月に『探偵物語』が日本テレビでスタートする。
ずっと休む間もないままであと2ヶ月後、夏の盛りを迎えれば半年以上の拘束がつづく『探偵物語』の撮影が開始。今でも相当疲れているのではと遠目に優作を見ると、相変わらず闇夜にサングラスをつけていて、体調や気分など、読めない。
黙って頭を下げた
私とともに距離を置いて見守っていた伊藤だけを、優作が手招いた。
「最初のラッシュ見た? 『金狼』」
「いや、まだ。黒澤さんは見たらしいな。いい感じで、きてるって言ってた」
「シビアな顔でアクションやって、シリアスな芝居もこなして、おふざけのくすぐりもそれなりに。『最も危険な遊戯』『殺人遊戯』『俺達に墓はない』をその線でいって、『金狼』は間違いなくその集大成で、アクションフィルムとしては相当なレベルになるよ」
「現場で実感する?」
「やっぱり村川、仙元、三雄さん、他のスタッフ、……凄ェよ。で、何度も言うけど、本気のアクション、テレビの、やめよう。それは他局(よそ)でやる石原プロ御一行様に任せて」
「日本テレビの側が、……困るって言うよね」
「こっちは、遊び、わかる? この感覚、徹底しない?」
「遊び、か。遊び、ね」
「脚本家その後、どんな連中に声かけてる?」
「ん。いろいろ多方面に。今日、たまたま一緒にいたから連れてきたけど、覚えてる? 丸山君。彼にも一応書かせることにした」
優作が、距離を置いて立つ私を見た。
私は、黙って、頭を下げた。
優作は何も言わず、すぐに、アドリブのひとりリハに戻った。誰に向けて言っているのか、
「家族は、いるのか」
「女房、……オンナはいるのか」
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