私の構想を聞いた伊藤が、眉間に皺を寄せる。山口と紫垣には、まったく反応がない。全面拒否か、一部は採用可能なのか。
伊藤が乗り気のしない顔で、
「コメディを売りにしちゃ駄目だろ。ディテクティブものとして押さえるところをきちんと押さえておかなきゃ」
ディテクティブもの。探偵や警察官が事件、犯罪と関わる者と向き合い、調査、聞き込み、追跡などで捜索する物語。シビアに展開してゆくその状況をまず中心に置いておかないと、ただのおふざけ番組にしかならない、伊藤はそう諭した挙げ句、「君は、あれかい。ハヤカワミステリとか創元推理、読んでる?」書店で一、二度、その類の本を立ち読みしたことはあるが、生理的にまず受けつけず、1冊も最後まで、
「読んだことありません」
伊藤は空を仰ぎ、山口と紫垣は声もなく笑った。
松田優作に“呼び出し”をくらい調布へ
伊藤とともに電車を乗り継ぎ、調布に向かった。車中ずっと、伊藤が私の話した構想の細部を聞きだし、ひとつのエピソードごとに首を傾げて、
「それのどこが面白いのかわからんな」
「これまでずっと構想を口で話したり、プロットの形で提出したりしたことがないんです。いきなりペラ(200字詰め原稿用紙)200枚をメドにシナリオにしてきました。ハコ(箱書き。ストーリーのブロックごとに要点を描出する)も作りません。主要な登場人物の造形が見えてきて血が通い、動きはじめたら、ファーストシーンから細部(ディテール)を丹念に埋めていってラストまでいってみるという。今回もまず書かせてもらえませんか。テレビだから、ペラ100枚ちょっとですか。その枚数はまだ書いたことはないですが、大丈夫です」
「最初に大まかな構成も立てないなんて、どうかしてるよ。自分の感性だけに頼って作る脚本(ホン)は、プロとしては通用しない。シナリオは結局、数学、計算だからさ」
伊藤がイラついているのは、まだ素人(トーシロ)のくせに平然と御託を並べる私を前にしているからだけではない。
優作に、急に呼び出しをくらっているからだ。
「優作も、その日その時、思いついたことがあるとオレを呼び出す。こっちがどんなに忙しい時でも。君もさっき見てただろ、ミーティング。黒澤さんが代わりに優作と対応してくれるといいんだけど」
調布にある、にっかつ撮影所。既に、夜。