2/3ページ目
この記事を1ページ目から読む
徹底して人間のクズを演じたい
帰り道。本を走り読む。
中上健次。
短編集『蛇淫』の中の一篇。
「荒神」
紀伊の青年ゴロが、幼なじみの照代と上京して貧しいアパートに棲む。することは性交だけの毎日。堕胎を繰り返したあと、貧困に疲れた照代が殺してと縋る。思わず首を絞め、照代の息の根を止めてしまったゴロは、屍体をアパートに置いたまま、各地を放浪することになる。漂泊の先々で老婆や若い女性を殺害して金を奪い、辿りついた大阪天王寺駅。生まれ故郷まではそう遠くはない。その時のゴロ。赤い線が引かれた一行。
おかしくなった。わらった。涙が出た。心臓がむきだしになってる気がした。
こういう芝居の入る映画がやりたいんだ。
アウトローとも呼べない、徹底して人間のクズを演じたいんだ。
ただ一滴の血のあたたかさを、キャメラ据えっ放しの長い長いワンカットでとらえてほしいんだ。
松田優作よ。
それは脚本家に直接言うんじゃなく、まずプロデューサーに訴えたほうがいい。
間違ってるよ。でも、私に言うんだ。それは私を信頼してのことか。
それなら、応えるしかない。
間違ってる、歪な、主演者の発注は、そのあと1ヶ月も経たないうちに、『探偵物語』の打ち上げの席で現実のものとなった。
緩く緩く背後を振り返る瘦せぎすの、都会のなかにひっそりと棲息する男、伊達邦彦。
第一稿を読んですぐ「最高だ」と優作に言わせた脚本が、もしもろくでもなかったら、このあとにつづく世にも奇妙な俳優と脚本家の関係はなかったかもしれない。
