命を削るほどの役作りに、血が滾る

 そしてこうして迎えたクランクイン当日、現れた優作の姿に度肝を抜かれた。

 スタッフのひとりに話しかけた。「今朝の、あの優作さんの格好見ただろ?」

「おっどろきました。凄ェショックです」

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「おそろしく瘦せたね。何キロ絞ったんだ。頰もこけて。奥歯も抜いたんだって……」

「優作さん、足を何センチか切り落とそうかと悩んで悩んで、断念したようですよ」

『野獣死すべし』Blu-ray、Amazonより

「聞いた。凄いよな」

「凄すぎますね……でも」

「でも、何」

「後半、追ってきた室田日出男が演じる刑事と立場逆転するとこあるじゃないですか。あそこ、丸山さんの脚本だと伊達の死んだ目がだんだん輝いてくるんですよね。あそこの撮影、今から楽しみですよ。あそこでの伊達の輝きから逆算して、優作さん、最初はあんなカッコのつかない服装(ナリ)とかしてるんじゃないですか」

「そう。なんだけど、ちょっと監督も怒ってたけど、やりすぎかな」

「優作さん、ふつうに見える人間やりたいんですかね、そろそろ」

「ふつうに見える、か」

 そのひとことで、今までボンヤリと思い浮かべていたことが一気に形になった。

 いつまでもアクション俳優でなく、役者として、どこかそこら辺にいるごくふつうの人を演じてみたい。

 それにはこの異様に長い手足、高身長では無理だ。まずはいつも見下ろしている目線を平均的な高さまで落として、周囲と向きあう。

 優作、難しいことに挑戦しているな。

松田優作 ©時事通信社

 あの身長、あの体つき。松田優作に「ふつうの人」は演じられないのでは、と私は思っていた。

 だが、思い直した。

 アウトローの世界に生きる者、あるいは犯罪者の、人間っぽいといえば人間っぽい、ある日、ある時の日常をリアルに演じることはできる。かもしれない。

 脚本家が、その時の肉体の動き、精神の動きを克明に、具体的に描出できるならば。その脚本をもとに、優作の肉体と精神に、ふつう、日常、という空気をうまく被せてくれる監督に出会えるならば、成功するのでは。で、それができる脚本家は丸山昇一だ、と松田優作は考えたのか。優作の慧眼(?)に見こまれたか。私は血が滾る。待ってろ、優作。応えてみせる。

次の記事に続く 「身体、大事にしろ」「どうしたんですか」出会いから別れまで10年余り…松田優作を愛し憎んだ脚本家が、死の直前に交わした“最後の会話”