「みっちゃん、俺、もうダメだ!」
ウイスキーの水割りが席に運ばれてくると、師匠の横にいた太田は頑張ってチビチビ飲んでいます。顔を真っ赤にしながら1杯目を飲み干して、珍しく2杯目へ……。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「うん、今日は大丈夫だと思う」
よし、太田はなんとかなりそうだな。ホッと一息、胸を撫で下ろして隣を見ると、田中がすでに真っ青な顔をしています。談志師匠を前に、緊張もあったのでしょう。もう一口、水割りを飲んでみせるのですが、
「みっちゃん、俺、もうダメだ!」
と席を立ち、トイレに駆け込んでしまいました。
憧れの談志師匠の言った「3杯」はなんとか飲み切らなければならない――。後にも先にもあれほど頑張ってお酒を飲もうとしている太田と田中を見たことはありません。
これ以上飲ませると、本当に田中が倒れる。バーに救急車が来るようなことがあれば、楽しい打ち上げが台無しになってしまう。もう修羅場です。そんなことはなんとしても避けなければいけません。ファンとして話したいことは山ほどあったけれど、ここは社長業が最優先です。気を悪くするかもしれないし、せっかくの席に失礼になることを承知で私は言いました。
「師匠、申し訳ないのですけれど、田中はこれ以上飲ませると救急車を呼ぶことになってしまいます。私が田中の分まで飲みます!」
「これはこいつらに飲ませる酒なんだ。お前さんはお前さんで飲んでればいいだろう」
「いえ、ここは私が飲みます」
「なんだ、お前さんはマネージャーかなんかかい? 大丈夫かい」
私は師匠に挨拶らしい挨拶もできていませんでした。師匠は太田のほうを見て、「この人、大丈夫かい」と繰り返しました。すると太田はこう言います。
「これ、うちのカミさんなんです」
「え?」
「本当にカミさんなんですよ」
師匠は手で自分の頭を軽く打ち、舌をペロッと出して続けました。
「あっ、それじゃしょうがねえ。もう無理して飲まなくていいからな」
こちらをチラッと見て、そう言ってくれたのです。談志師匠はすべての話がつながった、という顔をしていました。高田先生が言っていた「爆笑問題を立て直そうとしている元タレントの奥さんが社長」という話と私が結びついたようです。バツが悪そうな顔をして、トイレに立った師匠は戻ってくるなり私の頭を軽くぽんぽんっと叩きながら「お前さんも大変だな」と労ってくれました。
