時代劇の事件帖を書くも、犯人が出てこない

久世さんは楽しみに読み始めた――夜な夜な、江戸に妖(あや)しい事件が起きる。現場には、かならず、くちなしの花が一輪、残されている。物語はとても謎めいていて、ヒロインは美しく魅力的で、彼女を助ける主人公の顎十郎もカッコよく、江戸情緒もたっぷりだ。久世さんは「いいぞ、いいぞ」と、ワクワクして読み進めたのに、とうとう最後まで、下手人(げしゅにん)(犯人)がわからないままだった。しばし呆然としたあと、久世さんが慌てて電話して、「下手人が出てこないじゃないか!」と問い詰めたら、向田さんは、自信ありげだった昼間の様子とは打って変わって、とてもしおらしい声で、「そうなのよ。どうしようかしら」と言ったこと。

私にごちそうしてくれるために、「鯛より断然安くて、断然おいしいのよ」と言って、トビウオのでんぶを、こしらえてくれたとき、トビウオを茹(ゆ)でて、身をとって、皮も骨も小骨もきれいにとって、それを砂糖と味醂(みりん)とお酒と合わせ、パラパラになるまで丁寧に炒めて、「できたわよ!」と言いながら、骨や皮の方じゃなく、出来上がったばかりのでんぶを勢いよくゴミ箱に放り込んだこと。

そんなことを思い出していると、無性に会いたくなってたまらなくなる。だけど、会おうにも、電話をかけて、留守番電話に吹き込むことさえできない。

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「あなたがおばあさんになるのが楽しみ」

「私が書くものに、徹子さんみたいな人は出て来ないの」と言っていた。確かに、「寺内貫太郎一家」を見ても、「阿修羅のごとく」を見ても、「私のやる役はないな」と思う。出会いのきっかけになったラジオドラマ以外、結局、私は向田さんの書くものには一度も出ないままで終わった。

ただ、向田さんは、「でもね、外国映画に出て来るおばあさんみたいに、あなたにしかできない面白いおばあさん役って、あると思うの。早くおばあさんになってね、私、書きたいから」と言っていた。